部品メーカーの工場移転には、新たな輸送網の構築や商流の承認費用などがかかる。取引規模が大きい顧客の理解を得るなど、煩雑な手続きを経る必要もある。それでもこの台湾企業が工場移転を検討し始めたのは、「中国政府の対応をみて、非常時に台湾人社員を守れないと思った」(同社幹部)からだ。
台湾のビジネス界が不信感を募らせたのは、武漢にいる台湾人向けのチャーター機をめぐる中国政府の対応だった。中国政府は1月下旬に発生地である湖北省・武漢の封鎖を決定。航空機の運航も停止し、多くの外国人が武漢に取り残された。日本やアメリカ、韓国などは自国民を救出するため、チャーター機を武漢に派遣するに至った。
中国大陸で多数の台湾人が行方不明に
台湾政府も、武漢に取り残された400人以上の台湾人のためにチャーター機の派遣を計画した。台湾のチャイナエアライン(中華航空)のチャーター機を受け入れるよう、1月27日に中国当局に要請したが、1週間にわたり返答すらない状態が続いた。
武漢にいる台湾人が新型肺炎を発症したことから、最終的には2月3日に中国側が手配したチャーター機によって約200名の台湾人が帰国できた。だが、1週間にわたって武漢に留め置かれたトラウマが台湾側に残ったことは否定できない。
台湾人が中国で消息が分からなくなったり、拘束されるなどして台湾に戻ってこないケースはこれまでも何度か起きている。2019年9月には、行方が分からなくなった台湾の学者を「国家に危害を与える活動に従事した」疑いで拘束していると中国当局が発表。台湾の対中窓口機関・海峡交流基金会によると、台湾人の中国大陸での行方不明は2019年9月時点で67件にのぼるという。同月、台湾の蔡英文総統は「中国大陸に行くなら安全に注意する必要がある」と呼びかけた。
これまでは「拘束されるのは台湾独立など政治に関わる人だ」(台湾系製造業トップ)と突き放す声もあった。ただ、今回のチャーター機をめぐる問題で「都合がいいときだけ『台湾同胞』と呼んでくるが、本当は台湾人のことなんか考えていないことがはっきりわかった」(深センにある台湾系企業工場のマネージャー)。
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