「元農水次官の長男殺害」に重なる23年前の事件 殺人罪で実刑判決受けた被告が「異例の」保釈

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ところが、事件の1週間前に長男が実家に戻ると、熊沢被告に暴力を振るうようになる。ゴミの処分の話から、熊沢被告の髪の毛を引っ張ってサイドボードに頭を打ちつけるなど暴行を加えた。夫婦は実家の2階で暮らすようになる。そして事件当日の今年6月1日、2階から降りてきたところで長男と目が合い、「殺すぞ」と言われたことから台所にあった包丁を手に取り、凶行に及んだ。

懲役3年と6年。同時期に東大を出た2人の父親の違いはどこにあるのか。

違うとすれば、熊沢被告の判決文にあるように、「(長男の)主治医や警察に相談することが可能で、現実的な対処方法があったのに同居してわずか1週間ほどで殺害を決意して実行した」とする点だろう。

同判決では、同居翌日に暴行を受け、殺害を考えるようになったと指摘。妻に心中をほのめかす手紙を書き、インターネットで殺人罪の量刑を検索していた経緯や、首や胸など少なくとも36カ所以上をめった刺しにしていることも踏まえ、「強固な殺意に基づく危険な行為で、犯行に至る経緯には短絡的な面がある」と批判している。

だが、仮に警察や専門機関に相談したところで、犯行は回避できただろうか。

湯島のケースでは、精神科医に相談したところで「息子を受け入れること」「奴隷になること」を勧められているありさま。事件の1カ月前には、新しいカウンセラーに相談もしているが、凶行は止められなかった。むしろ、湯島の事件では、あらかじめ金属バットと、確実に殺害するための縄跳びを購入していることからすれば、より計画的で強固な殺意がうかがえる。

あれから20年以上が経って、ひきこもりや、子どもからの家庭内暴力に対する有効な手立てが見つかっているとはいえない。「犯罪白書」でも家庭内暴力事件の認知件数は増加の一途。内閣府の調査でも、ひきこもりの長期化・高齢化が顕著で、熊沢被告の親子関係にも象徴されるように、80代の親が50代のひきこもりの子の生活を支える「8050問題」という言葉が世間に飛び交う。

20年以上が経っても同じ構図の事件は繰り返されている

金属バットで息子を殴り殺した湯島の父親は、公判でこう述べていた。

「現に家庭内暴力に苦しんでいる親に『絶対に子どもを殺すようなことはしてはいけない』ということを伝えるためにも刑を軽くしてほしいとは言いたくない」

懲役3年は、執行猶予が付く最低のラインだ。検察の求刑からして懲役5年だったが、執行猶予は付かなかった。

恐ろしいと思うのは、20年が経っても、同じ構図の事件が繰り返されていることだ。そうなると、また20年先には、悩み苦しんだ父親が咄嗟に息子を殺す事件が繰り返される可能性も否定できない。

「歴史に学ばないものは、同じ過ちを繰り返す」というが、同じ東京地裁での過去の判決から20年が経って、息子殺しにはより厳しい判決が下された。

その熊沢被告が保釈されたいま、20年前の判例に照らして量刑が見直されることはあるのか。執行猶予がつくのか、あるいは懲役6年の実刑が減刑されるのか。日本の司法が試されている、といっても過言ではない。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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