「リスクを取らない世界」への郷愁を捨てよ なぜ、デフレは「最悪」なのか

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「会社に縛られる生き方」を余儀なくされるケースが多くなり、日本のサラリーマンの間で、「リスクを取らない世界」が恒常化した。こうした環境が、日本経済を覆う閉塞感を強める元凶になってきたのだ。

もちろん、過去20年の間にも、極めて優秀な事業家が生まれ、革新的なビジネスで成功してきた。また、サラリーマンにせよ、転職の機会をうまく活かしてきた人々も少なくない。だが、日本のような、デフレという経済環境下では、それは一部の幸運な人に限られた。

経済が活性化するには、「リスクを取る」という就業行動が、「幅広いビジネスの現場で起きる」ことが絶対に必要だ。なぜか。新規ビジネスを始めたり、転職に踏み切るなど、リスクをとる動きこそが、技術革新を起こすなど、新たな商品やサービスの提供につながるからだ。それが、日本人の経済的な豊かさを高める基盤となるのだ。

リスクをとる挑戦者のハードルを低くせよ

今までの日本では、実際には、デフレが長期化し、「リスクを取るコスト」が極めて高くなり、ビジネスの現場で「リスクを取らない」ことが合理的な選択となっていた。

デフレとは、一見、身近なモノの価格が下がるという、表面的には望ましい現象のように感じられる。だが、資本主義経済の根幹である、リスクを取る挑戦者のハードルを高めるという、極めて大きな害悪を持つ。このデフレの害悪を理解すれば、世界の中央銀行がデフレに陥ることをなぜ恐れているのか、あるいはプラス2%前後のインフレ目標を掲げ、金融政策を運営をしているかがわかるだろう。

デフレの世界を懐かしんだり、それが望ましいという方は、十分な資産を蓄積したり、あるいは現在の会社で高い地位を築き上げたのだろう。だから、デフレと低成長が続き、リスクを取る挑戦者がなかなか報われないような、経済状況が続くことが、むしろ理想なのかもしれない。インフレの到来を毛嫌いするのは、現状のステータスや既得権益を保ちたい本能がそうさせているのかもしれない。

確かに、メディアに登場する識者などは、そうした停滞を楽しめるかもしれない。だが、デフレが続けば、経済的な豊かさを実感できない多くの人々は報われず、閉塞感に苦しむだけではないか。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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