トランプ大統領と闘う正体不明の内部告発者 ウクライナ疑惑はアメリカ民主主義の試金石
アメリカには建国当初から、このように、職権を乱用し秘密裏に不法行為などを働く権力者を、弱者の内部告発者が暴くという伝統があり、これが民主国家の土台となってきた。アメリカの内部告発制度に詳しいミドルベリー大学のアリソン・スタンガー国際政治経済学教授は内部告発をアメリカ人の「DNAに刻まれている」ものと称している。
だが、内部告発は必ずしもアメリカ政府によって歓迎されてきたわけではない。特に国家安全保障に重要となる情報をどこまで国民に公開すべきかは民主主義を唱える政府にとっては悩みどころである。
エドワード・スノーデン元国家安全保障局(NSA)契約職員は国家機密をメディアに暴露したことで、1917年諜報活動取締法(スパイ活動法)違反などの罪で起訴されている。もし、スノーデン氏が正規ルートで当時のNSA監察官に内部告発していたら、握り潰されていた可能性が高いとみられている。スノーデン氏はいまだにアメリカに戻っていない。内部告発者が英雄とされるか、あるいは反逆者と評されるかは紙一重だ。
しかし、ウクライナ疑惑がスノーデン事件と異なるのはアメリカの安全保障への脅威には関係がなく、2020年の大統領再選を狙ったトランプ大統領の政治的思惑に関わる疑惑である点だ。また、同疑惑では内部告発者は正規ルートで報告している。とはいえ、トランプ大統領はウクライナ疑惑が世に知れ渡った直後、内部告発者について「スパイのようなもの」と非公開会合で主張した。
内部告発制度が危機に瀕するおそれも
内部告発者は欧州に知見があり、ホワイトハウスでの勤務経験のあるCIAの男性職員と報道されている。ネット上などではすでに有力候補の名前も浮上しているありさまで、いずれ正体が暴かれるリスクがある。正体が判明すれば、保守系メディアは内部告発者を反トランプの民主党支持者、または「ディープステート」の一味だとして集中攻撃するであろう。内部告発者の過去にまでさかのぼってさまざまな個人情報が明かされる危険性も高い。
10月6日、2人目の内部告発者がいることを1人目の内部告発者を弁護するマーク・ザイード弁護士などが明らかにした。10月10日にはトランプ大統領の顧問弁護士ルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長の協力者2人が選挙資金法違反の容疑で逮捕された。翌11日、今年5月に解任されたマリー・ヨバノビッチ前駐ウクライナ大使が議会で証言。今週以降も元政府職員を含め議会での証言者が続き、ウクライナ疑惑に関する事実関係が徐々に解明されていくであろう。
内部告発者の情報ついての信憑性は高まっており、トランプ大統領は下院で弾劾されるとの見方が支配的だ。だが、共和党が団結してトランプ大統領が上院で有罪となることはないだろう。
アメリカ人のDNAに刻まれているはずの内部告発制度が今回の大統領弾劾をめぐる議論で「党派対立」、「ディープステート」と位置付けられて、国民の信頼が失われてしまうと、アメリカの民主主義は深い傷を負いかねない。約半世紀前のウォーターゲート事件は、内部告発制度などアメリカの民主国家の仕組みが大幅に見直される契機となった。
アメリカ憲法は「We the People of the United States (われわれ、アメリカ国民は)」から始まり、3権分立でお互いをけん制し合うが、憲法上は国民を代表する議会が大統領や最高裁を上回る権力を保持している。世界最強の大統領に立ち向かう内部告発がどのように扱われるのか、ウクライナ疑惑は再びアメリカの民主主義の将来を占う試金石となるだろう。
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