日本の裁判「電子化」が圧倒的に後れを取る弊害 訴訟社会を喚起するリスクあるが不便も多い

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実際、2015年以降に裁判所が公務員個人に対する請求権を認める判断が立て続けに出るようになり、公務員でも重過失=甚だしい不注意、あるいは故意による責任に対しては損害賠償を請求されることが明らかになってきた。

こうした状況を受けて、公務員向けの共済組合などは「訴訟費用保険」を設定している。例えば、埼玉県市町村職員共済組合の訴訟費用保険では、次のような補償内容を規定している。

業務遂行に起因してされた「住民訴訟」「民事訴訟」によって職員個人が負担する訴訟費用、敗訴した場合に職員個人が負担する損害賠償金を支払う

保険料は、月額510円(Aコース)で、公務員賠償については訴訟費用保険が500万円、損害賠償金保険金5000万円となっている。具体的には、例えば注意義務違反で入札談合を防止すべき注意義務に違反したとして住民訴訟が提起された場合、あるいはミシンを市場価格に比べ著しく高価で購入したことについて住民訴訟が提起された場合などが提示されている。

一方、個人情報を誤って公開してプライバシー侵害として民事訴訟された場合、あるいは窓口での対応に問題があるとして来訪者に名誉毀損で訴えられたなどなど、およそ公務員であれば通常の業務の中で起こりうる訴訟リスクといっていいだろう。

裁判の電子化がもたらす社会全体へのプラス材料とは?

さて、問題は複雑に絡み合っているためそう簡単に結論は出ないのだが、裁判の電子化が進み、スピード審理が現実のものとなれば、さまざまな面でメリットは大きいはずだ。例えば医療関係訴訟事件では、平均審理期間は24.2カ月(2017年)となっている。2年もの間、裁判に拘束されてしまうのは効率的ではない。医師などの医療現場への負担も大きなものになる。

民事裁判のようなケースでは、せめて数カ月単位で審理を終えるほうが望ましい。実際、前出の研究会では民事裁判の審理を半年以内で処理する新制度を導入しようとしている。

訴訟リスクを避けるためにさまざまな書類にサインしなければならない現状は、ある意味それだけ消費者や患者、利用者の権利を保護するものとしてプラス面もあるが、最近はやや過剰にも思える。せめて紙ではなくアプリなどで提示するなど、IT化を進めるべきだろう。

クレーマー対策という面もむろんあるのだが、悪質なクレーマーに対してもスピード審理が可能になれば、あるいはネットで簡単に訴訟ができるのであれば、ある意味で提訴も簡単になり悪質なクレーマーを排除するのが簡単になるかもしれない。

もっとも、その反面、ネットで簡単に訴訟ができるようになれば、訴訟が乱発される訴訟社会になってしまうリスクもある。一定の制限や抑制方法を設けることも大切かもしれない。日本は現在、消費税導入に伴うキャッシュレス化の進展であっという間にキャッシュレス化が進みそうだが、政府がきちんとリーダーシップを取って進めれば、民事裁判の電子化も意外と早く可能になるかもしれない。

今や、海外では判決を下すプロセスに「AI(人工知能)」を導入しようというところも出て来ている。「5G」の普及で後れを取る日本にとって、もうこれ以上の後れは容認できない事態ともいえる。訴訟リスクを低減させるというだけではなく、AIを活用した企業のリーガルテックを進展させるという意味でも、裁判の電子化進展は可及的速やかに実施する必要があるだろう。

岩崎 博充 経済ジャーナリスト

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いわさき ひろみつ / Hiromitsu Iwasaki

雑誌編集者等を経て1982年に独立し、経済、金融などのジャンルに特化したフリーのライター集団「ライトルーム」を設立。雑誌、新聞、単行本などで執筆活動を行うほか、テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活動している。『老後破綻 改訂版』(廣済堂出版)、『日本人が知らなかったリスクマネー入門』(翔泳社)、『「老後」プアから身をかわす 50歳でも間に合う女の老後サバイバルマネープラン! 』(主婦の友インフォス情報社)など著書多数。
 

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