「君子豹変す」、幸之助さんの真骨頂 松下電器元副社長・水野博之氏④

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みずの・ひろゆき 1929年生まれ。52年京大理学部物理学科卒、松下電器産業に入社。一貫して技術・開発畑を歩み、90~94年副社長。米スタンフォード大顧問教授、高知工科大副学長などを歴任。米国のベンチャー事情や産学連携にも詳しい。

今年は松下幸之助さんが亡くなって、ちょうど20年になります。大不況時代を迎え、今まで以上に、幸之助に注目が集まるかもしれません。

 今から40年ほど昔のことでしょうか、私が松下電子工業の技術者だった頃、当時の最先端技術、LSI(集積回路)の技術を説明しろと松下グループの幹部が集まる会議に呼ばれました。居並ぶ幹部を前に説明を始めましたが、どうにも反応が鈍い。こちらも不慣れなもので詳しく話をすればするほど、くどくなる。居眠りする者さえ出る始末です。しかし、ふと正面を見ると、幸之助さんは私を見据えてじっと聞いている。時折うなずきながら、最後まで姿勢を崩さず聞いていました。

時に応じてつねに変化し成長する

説明が終わり、何か質問はございませんかと尋ねたところ、幸之助さんは「水野君、それは儲かるんかいな?」です。ちょっとがっかりしました(笑)。私も若かったもんですから「この技術を儲かるか、儲からないかで議論されたら困る」と反論しましたが、幸之助さんは別に怒りもせず「うん、そうかいな」です。

しかし彼が聞きたかったのは、今日、明日に儲かるかどうかじゃないんです。この技術が将来の松下にとって利益を生むかどうか。企業の技術開発とはそういうもんです。いい技術なら生き残るし、利益も生む。

このときもそうでしたが、幸之助さんは実に聞き上手でした。人脈も豊富で、わからないことがあると大学の研究者によく電話をかけていました。私が説明にあがると、次の日には「君はああ言っとったけど、違うんやないか」と質問が来る。その道の専門家がアドバイスしたんでしょう。大抵、的を射た質問でした。

幸之助さんは経営の神様と言われていますが、言うことがしょっちゅう変わりました。今日いいと言っていたことを、翌日にはダメと言い出す。あれこれ悩むから方針を変えてしまう。下の者にしてみればたまったものではありませんが、それは「君子豹変す」で結構なことなんです。経営者が真剣に考えるのは当然です。ハーバード大学のコッター教授は幸之助をその評伝で「永遠に成長する魂」と表現しましたが、私に言わせれば考え抜いて方針を変えてしまうのも成長しているからなんです。

だからあえて逆説的に言えば、幸之助さんを神格化しないほうがいい。その言葉を金科玉条のようにすると、本人も困るに違いない。なぜなら、時に応じてつねに変化し成長する、というのが幸之助さんの真骨頂だからです。

週刊東洋経済編集部
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