これがモスバーガーの生きる道! /思わず行きたくなる遊園地 /バイオタイプP 《それゆけ!カナモリさん》 金森努・金森マーケティング事務所社長が、街で拾ったニュースを独自の視点から語り続けるコラム

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■1月14日 「ソニーバイオ タイプP」がオンナ心をわしづかみ!

 「予約しないと買えない!」とネットで話題騒然のソニーの「バイオ タイプP」。実際に購入予約をしたり、検討したりしているのは、どうもPCのヘビーユーザーだけではない。幅広いユーザーの心、特に女性ユーザーをきっちりつかんでいるようだ。

キャッチコピーは“小さい、軽い、美しい。「ポケットスタイルPC」誕生”。コピー通り、 CMでは歩く女性の、ジーンズのポケットにタイプPがしっかりと収まっている。

確かに「美しい」。カラーリングのキレイさや、仕上げの質感の良さが伝わってくる。まさか本当にポケットに入れて歩くことはしないだろうが、「小さい」、「軽い」もよくわかる。よくできたCMだ。魅惑的な女性のヒップラインに目を奪われることなく、商品に目が引きつけられる。

冷静になって、商品スペックを見てみる。

液晶は1600×768画素と高解像度だ。メモリも標準で2GB載っている。ソニーらしく、ブルートゥースも搭載している。

CPUはインテルのアトム。なるほど。「ソニーも“ネットブック(ミニノート)”市場に参戦」と噂されていたことがよく分かる。

5万円を切るか切らないかで激しい価格競争を繰り広げている、ミニノートPCと呼ばれる低価格ノートパソコン市場。ソニーは、オシャレな外観とちょっと豪華なスペックを盛り込み、10万円前後(価格はオープン)という価格で乗り込んできた。倍近い価格にもかかわらず、購入予約をしているのはどんな人なのだろう。

ヨドバシカメラで聞いてみた。「予約されている方の半数以上が女性ですよ」。店員は語る。「ネットブックは本来セカンドマシンの位置づけなので、決してスペックが高いとは言えないので1台目のパソコンとしてはあまりお勧めしないとご説明しているんですが、女性の方は固くご購入を決めて予約されておりまして」と、予約者の様子まで教えてくれた。

タイプP、オンナ心をわしづかみだ。

顧客が製品を購入する主たる理由をKBF(Key Buying Factor)という。ノートパソコンで考えれば、軽さやバッテリーの持ち、画面の見やすさ、タイピングしやすいキーピッチなどが挙げられるだろう。確かにタイプPはそのいずれも満たしている。しかし、予約者の過半を占めるという女性たちのKBFは、恐らくそれだけではないだろう。

マーケティングの大家、フィリップ・コトラーの提唱した「製品特性3層モデル」で考えてみる。「製品」は、「中核」「実体」「付随機能」の三つに分けられる。「中核」とは顧客が製品やサービスの購入で手に入れたい主たる便益を表す。「実体」とは製品の特性を構成する要素である。「付随機能」とは、上記に加えて、製品の中核価値に直接的な影響は及ぼさないが、その存在によって製品の価値を高めている要素を表す。

ノートパソコンを購入するにあたって、顧客が手に入れたいと考える「中核となる価値」は、「持ち運んで便利に使えるPC」であることだ。そして、その「中核」を実現するための製品の「実体」は、「小さくて、軽くて持ち運びに便利」なことだ。電源の心配をしなくともいいという「バッテリーの持ち」も欠かせないだろう。さらに次の段階は、それがなくとも「中核となる価値」は損なわれないが、あればより魅力的な製品となる要素としての「付随機能」だ。ここにソニーは「美しい」という要素を持ち込んだのである。

財やサービスは、人間の成長と同じように、導入期、成長期、成熟期、衰退期という「製品ライフサイクル」を描く。その観点から考えると、製品の市場が成熟化するに従って、製品を構成する価値の要素が、「中核」から次第に「実体」「付随機能」へと、3層の外へ外へと移行していくのが常だ。

例えば、既に成熟期を迎えているコンパクトデジタルカメラの市場は、「キレイにデジタルで画像が残せる」という「中核」である画素数競争に始まり、薄さやコンパクトさという「実体」の競争を経て、昨今では、「そのままBlogやSNSに画像をアップできる」とか、「プリント機能が付いている」といった「付随機能」の競争となっている。

ネットブック市場が早晩、成熟化することは目に見えていたと言えるだろう。しかし、ソニーの凄さは、そこに「価格競争」を持ち込まなかったことだ。10万円前後といえば、相場の倍の価格。それを、「美しい」という付随機能で、通常のネットブックとの戦いをあっさりと回避したのだ。

「小さい、軽い、美しい」メインマシンとして購入するのであれば、通常のノートパソコンに比べればその価格はむしろ割安に映る。ユーザーの利用ニーズがケータイからの乗り換えであれば、まさにネットブックらしい使い方であり、スペックの問題は全くない。

ソニーが女性層をタイプPで本当に狙っていたのかは定かではない。しかし、潜在的な女性のニーズをしっかりととらえたことだけは確かなようだ。

製品のスペックなどだけを考えるだけでなく、ターゲットと、そのKBFをじっくる考えることの重要性を改めて認識させられた気がした。

《プロフィール》
金森努(かなもり・つとむ)
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年1月16日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。

 

金森 努 青山学院大学経済学部非常勤講師

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かなもり つとむ / Tsutomu Kanamori

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
 

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