「何でもみんなで決める上司」が実はダメな理由 民主的すぎるリーダーの落とし穴
「今週もありがとう。助かったよ。何か、私のほうで知っておいたほうがいいことはある?」と聞きます。数分でも構いません。いや、場合によっては数十秒でもいいのです。これだけでも、任されたほうは安心します。
ところで最近、増えているリーダーのスタイルに「みんなで決めたい」というものがあります。これ自体は、間違いではありません。
でも、「じゃ、みんなが言うならそうしよう」とか、「じゃ、君が言うならそうしよう」というのは、ダメです。
もし失敗したら「誰の責任なのだ」という展開になってしまうわけで、これでは部下は「仕事を任された」のではなく、「責任まで任された」ことになってしまいます。
「みんなで決めた」ことの責任は誰が取るのか
先日、こんなことがありました。かつての会社で私が管理職だったときの新人が、その10年後、組織を率いるまでに成長し、さらにうれしいことに、研修講師として彼に手ほどきをする機会に恵まれたのです。
元部下でしたので、遠慮なくストレートに懇々と伝えたのがこのことでした。彼は、「みんながこうしたいと言うので、そうすることに決めました」と言うのです。私は遠慮なく、こう切り返しました。
「もちろん意見を聞くのは大事。でも、コレは誰が決めたの? 今の会話だと、部下がそうしたいと言うから、というように聞こえるけど?」
「みんなで決めたんです」
「じゃ、これが失敗したら誰が責任取るの?」
「えっ……どうでしょう……。そりゃ、私ですかね……」
「そこまで考えていた?」
「なるほど……そこまで、考えてなかったです」
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