「会社でキレる人」が生産性を下げる科学的根拠 日本人は「時代遅れの考え」にとらわれている

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私も個人的にこういう経験をしたことがある。いつも行っている飲食店にある日、新しい店員が入ってきた。注文を取り、料理を運んでくれるのだけど、まだ不慣れなので、当然、なかなかうまくいかない。

同じ仕事をするにしても慣れている人に比べて時間がかかるし、ミスも多い。知らないこと、覚えていないこともたくさんあるので、いちいち店長に尋ねなくてはいけない。仕方ないな、でもすぐに慣れるだろう、と思い、見守っていたのだが、そこへ店長の罵声が飛ぶ。何度もひどく怒られている。

私は「何もそんな言い方しなくても……」と思い、いたたまれず、食事をしていても味がわからない。見ているだけでつらい気持ちになる。それから、つい足が遠のくようになった。あの店員さんが罵倒されているのを見なくてはいけないと思うと、行く気にならないのだ。そんな食事は楽しくない。

店長に悪気はなかったとは思う。早く仕事を覚えさせようと必死だった。覚えてもらわないと困る。客にも迷惑がかかる。客に迷惑がかかると店の経営にも差し障る。だからつい、大声を上げて叱ってしまう、そういうことだったのだと思う。

別に下の人間を罵倒することを楽しんでいたわけではないだろう。まれにそういう人もいるけれど、多分そうではない。でも、そのせいで店は確実に食事のしにくい場所になり、足の向きにくいところになってしまった。

もし店長が、若い店員をひとりの人間として尊重し、例えば同じ注意をするにしても丁寧な言葉を使うとか、人の見ていないところで注意をするとかしていれば、結果は大きく違ったはずである。

本書では、企業のCEOが社員に無礼な態度を取り、それが世間に知れ渡ったために、株価が急落し、CEO本人も大きく資産を減らしたという実例も紹介されている。

あなたは本当に文明的な人間か

日本でも最近、ある企業が育休明け間もない社員に、異動命令を出したことで非難を浴びた。この一件はその社員(すでに退職している)の妻の告発で明るみに出た。命令自体が妥当だったのか、懲罰に類するものだったのかは外部からはよくわからないが、その後の企業の対応が適切でなく、後手後手に回ったことで騒ぎが大きくなってしまった。

これも、企業側が「通常の業務の流れだった。自分たちは間違っていない」と正当性の主張ばかりをするのではなく、少しでも(元)社員をひとりの人間として尊重する態度を見せていれば、さほど評判を落とすことにならなかったのではないだろうか。ここでも重要だったのは、社員への「礼節」ということだ。

力がすべての部族社会であれば、弱い者に有無を言わせず命令に従わせるという無礼も正当化されただろう。しかし、「人の支配」ではなく「法の支配」が確立され、文明化された社会(Civilized Society)においては、そうはいかない。文明人(Civilized People)には、礼節(Civility)が当然のごとく必要になるのだ。

礼節は現代社会を生きるすべての人が身に着けるべきものだ。そのためにひとりでも多くの人が本書を役に立ててくれれば、訳者としてはこれほどの喜びはない。文明人になりたいと望む多くの人に手に取ってもらえればと思う。

夏目 大 翻訳家

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なつめ だい / Dai Natsume

1966年大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。大手メーカーにSEとして勤務した後、翻訳家に。主な訳書にJ.C.カールソン『CIA諜報員が駆使するテクニックはビジネスに応用できる』(東洋経済新報社)、ジョージ・フリードマン『新・100年予測ーーヨーロッパ炎上 』(早川書房)、ピーター・ゴドフリー=スミス『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』(みすず書房)など多数。

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