【裁判傍聴録】村上ファンド事件 1審実刑の村上被告に2審で執行猶予が付いた理由

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
【裁判傍聴録】村上ファンド事件 1審実刑の村上被告に2審で執行猶予が付いた理由

村上ファンド(現在は解散)の元代表、村上世彰被告(インサイダー取引容疑)の2審判決が2月3日に東京高等裁判所で言い渡された。門野博裁判長が下した2審判決は懲役2年、罰金300万円、追徴金11億4900万6326円。07年7月に高麗邦彦裁判長が言い渡した1審判決と懲役年数、罰金額、追徴金額は同じだが、2審は3年の執行猶予付き。罪一等が減じられたが、村上被告は弁護士を通じて「納得できる内容ではない」とし、即日上告手続きを行った。2006年6月に東京地検特捜部に逮捕される直前の東京証券取引所会見で「罪は罪として認め、最速の裁判を目指す」としていた村上被告だが、結局、村上裁判は3年越しとなり、最終判断は最高裁に委ねることになった。

主に2審判決が認定した事実をもとに事件のあらましを振り返ろう。

村上ファンドがニッポン放送の第2位株主に躍り出たのは03年7月。村上被告は04年9月15日にライブドアの堀江貴文社長(当時)と面談、ニッポン放送株の大量取得を働きかけた。同11月8日の面談では「年内TOBってありですかね」などと堀江社長から大量取得の意向を聞いた。村上被告は証券取引法167条第2項が定める「重要事実の決定」を聞いたという認識はなかったが、従前からの投資方針をもとに村上ファンドは翌9日から計193万株のニッポン放送株を買い付けた。村上被告は05年1月6日の面談でライブドアのニッポン放送株TOBの動きを強く意識。同17日にはフジテレビがニッポン放送株のTOBを発表したが、さらに買い増し、同26日までに33万株のニッポン放送株を買い付けた。翌2月8日にライブドアが時間外取引でニッポン放送株を大量取得した際には328万株を売却。ライブドアが大株主に浮上したことでニッポン放送株が高騰するとさらに241万株を2月23日までに市場で売り抜け、計30億円の売却益を得た。

門野裁判長は2審判決で「村上被告は当初からインサイダー取引をしようとはしていたわけでもないし、弁護士にリーガルチェックを受けるなどして当初はインサイダー取引をしているという認識もなかった。社会的に強い非難を浴びていること、すでに株取引から身を引いていること、前科がないことなどから、実刑とした原審(=1審判決)は重すぎる」と執行猶予を付けた理由を説明。「もの言う株主としての側面に対して、成熟した議論がなされているとも言えない」として、「もの言う株主とファンドマネージャーを村上被告が1人で行っていたことが構造的に犯罪の温床となった」とする1審判決の認識を覆した。

1審判決が「自らライブドアをその気にさせた結果、回答としてインサイダー情報の伝達を受けたものであり、偶然聞いたものではない。すなわち、買い集めると『聞いちゃった』のではなく、買い集めると『言わせた』ともいえる。単なる情報の被伝達者というよりも当事者性が高く、悪質である」と断罪したのに対し、2審判決は「市場操作的な、市場を裏切る背信的な行為で社会的に顰蹙を受ける行為。一般人がなりえない立場を利用するなど強い利欲性がある」としながらも、「本件はあくまでもインサイダー取引違反で起訴されたもの。起訴してもいないことを判断材料にすべきではない」とし、1審が「ライブドアを騙してまでも儲けようとする利益至上主義に慄然とする」と糾弾した事件全体の大きな構図を量刑判断の材料とはしなかった。

「5%以上の株の大量買い集めの決定」の定義も1審と2審で分かれた。「実現可能性があれば足り、可能性の高低は問題とならない」と新解釈を示した1審に対して、2審は「投資判断に影響を及ぼす程度の相応の実現可能性が必要」と1審よりも解釈を狭めた。

そのうえで2審は、「ライブドアがニッポン放送株を大量に買い付けるという04年11月8日に村上被告が聞いた情報は、一般投資家ならば投資判断に影響を及ぼすものだ。当時、ただちにニッポン放送株の3分の1以上を取得するのは資金的に困難だったが、5%以上の買い集めは可能だった」とした。

門野裁判長が「一般投資家」を持ち出したとき、村上被告は弁護側に据えられたベンチ席で不思議そうに頭をひねって聞き入っていた。ファンドマネージャーというプロの判断の是非がなぜ一般投資家に照らし合わせて断罪されなければならないのかという思いからかどうかは、傍聴席からは読み取れなかった。

1審判決が村上被告の自白調書を軸に自白内容に沿った法廷証言群を証拠採用することで有罪判決の論理を補強したのに対し、2審では新たに証拠採用された06年6月5日の逮捕前直前会見での村上発言を参考として、「村上被告が必ずしも当初からインサイダー取引を企てようとしていたのではない。11月8日の堀江発言は大量買い集めの『決定』の『伝達』には当たらずインサイダー情報ではないという弁護士の見解を信じて買い進めた。起訴にかかる159万株のうち大半はインサイダー取引だとの認識がないまま買い進めた株」と認定した。逮捕前会見で村上被告は、インサイダー情報を聞いたのは11月8日だったのか、1月6日だったのかはついぞ曖昧なままだった。当時、これは裁判を見据えた村上被告の戦略かと報道陣には思えたが、門野裁判長は「特捜部が『04年11月8日に聞いた』と逮捕前の村上被告に言わしめた一方、05年1月6日の伝達ではインサイダー情報を得たという確信が村上被告にあった」と認定したことになる。

門野裁判長は「執行猶予期間中に罪を犯せば執行猶予が付くことはないから特に注意をして生活しなくてはならない。2週間以内に上告を申し立てることができる」と執行猶予の説明や事務手続き上の注意を述べるにとどまり、特に村上被告に説諭することはしなかった。被告に更生を促すなどの説諭がないのは1審と同様である。

村上裁判の2審判決は同じ時期に粉飾決算が発覚したライブドア事件の2審とは対照的な判決。ライブドア事件では堀江貴文元社長、宮内亮治元取締役ともに1審同様、2審も実刑判決だった。ちなみに堀江元社長は上告中だが、宮内亮治元取締役はいったん上告した後に取り下げて実刑が確定している。

事件全体の構図の悪質性は量刑と無縁でいいのか、村上ファンドが買い付けたニッポン放送株の大半がインサイダー取引だとの認識がなかったと認定するのならば罰金額や追徴金額も1審と異なってしかるべきではないのか、「ファンドマネージャーの投資判断に影響を与える程度の実現可能性」を測る物差しが「一般投資家」でいいのか、前科がなければ執行猶予が付くというのでは悪質なインサイダー取引の再発を防げないのではないかなど、最高裁は難しい判断を迫られることになりそうだ。

(山田 雄一郎)

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事