老後の資金が不足する問題にどう対処すべきか 家計貯蓄の減少、欧州に年金改革のヒント

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もうひとつは、公的年金から私的年金を拡充する方向に政策が転換していることだ。例えばドイツでは、公的年金の給付率引き下げによるマイナス分を補完するために個人が払い込む年金保険料に直接・間接の補助が与えられる「リースター年金」が、2001年の改革で導入された。これがSNAでは、現役世代の家計貯蓄を増加させて、家計貯蓄率を押し上げる効果を持ち、貯蓄を取り崩す高齢者の増加による貯蓄率低下を相殺する効果を持っていると考えられる。

日本の家計貯蓄率は、消費税率が引き上げられる前に駆け込みで家計消費が増加したために大きく落ち込んだが、その後持ち直している。日本でも、つみたてNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)など、個人で老後資産を用意する制度の整備が進んでいる。このため、比較的所得水準が高い世帯ではこれらの制度を利用した貯蓄が促進されている可能性が高い。

日本でも勤労者世帯の中で相対的に貯蓄率の低い世帯主年齢60歳以上の割合が高まっているにも関わらず、勤労者世帯の貯蓄率が2015年以降顕著な上昇を見せている。これは、欧州主要国のように公的年金から私的貯蓄へのシフトが日本でも起こりつつあり、世帯主年齢60歳未満層の家計貯蓄を押し上げていることが原因である可能性がある。

低所得で貯蓄ができない人への対策も必要

高齢夫婦無職世帯の家計収支は平均で4〜5万円程度の赤字であるが、個々の世帯では現役時代に用意できた資金によって赤字額はかなり異なっている。同じ所得を得ていても、若い時代の生活を楽しみたい人と、余裕ある老後生活のために若い時に節約する人では、退職するまでにどの程度の貯蓄を形成できるかが異なってくる。

貯蓄の最も大きな制約要因は、所得水準だろう。貯蓄に回せる資金の差が40年以上にわたって積み重なった高齢者の貯蓄残高の差は、毎年の所得額の差に比べて大きなものになる。公的年金制度を維持するために、年金の平均的な支給水準を引き下げて自助努力を求めることはやむをえない。だが、所得水準の差によって老後生活水準の格差が拡大してしまうことへの対策も不可欠ではないだろうか。高齢者内部で所得再分配機能が働くように税制を調整することや、現役時代の老後準備に適用される諸控除の総枠に上限を設けるなどの工夫が求められる。

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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