広重の「浮世絵」で150年前の東京を読み解く

1枚の絵の中に情報がぎゅっと詰まっている

能町:内藤新宿の絵(本稿では略)を例にすると、お役所は道で分けてしまうということですよね。街道の真ん中から右をA町、左をB町に。実際は、お向かい同士でひとまとめでやっているのに名前や行政区分を分けてしまう。街歩きをしていると、こういう地名の雑な扱いに気づいてしまうんです。行政の人は、もっとたくさん歩いて現地を知ってほしい。

皆川:道路や川って人やコミュニティを隔てるものじゃない、つなぐものなんです。街を歩くと実感できますよ。歩いて街を知ってもらいたいです。

残しておきたい何気ない風景

能町:浮世絵を見ると、当時の町の感じがよくわかって楽しいですよね。

皆川:働く人や、子どもたちが遊んでいる何気ない風景だったりしますし。ありふれた日常的な風景なんですけど、生活の営みに目を向けた、優しいまなざしと愛しさが感じられる。

渡邉:1枚の絵のなかに情報がぎゅっと詰まっていますよね。

皆川:当時の服装の流行や、どんな遊びをしていたか、あるいは何をおもしろいと感じていたか、までわかる。人の生活感が表れているのが興味深いですよね。

渡邉:浮世絵には高低差のある場面が多く出てきますが、同じように「雨」などの天候を描いた絵も多く登場します。

皆川:雨の表現って、西洋の絵画ではあまり見かけないかも。それこそ、広重の雨の絵を見てゴッホが模写していたぐらいだし。

「名所江戸百景 赤坂桐畑雨中夕けい」二代歌川広重/安政6年(1859)4月。広重晩年の名作「名所江戸百景」の中で唯一、二代広重による一図。遠景には、シルエットで赤坂見附へと続く坂道が描かれる。降りしきる雨の空気感まで伝わってきそうだ(太田記念美術館所蔵)

渡邉:そのなかで紹介したいのが、こちらの作品。「名所江戸百景」からの1枚です。左のクレジットに「二世広重」って書いてあるんですよね。「名所江戸百景」は初代の歌川広重が最晩年に描いたもので、弟子の二代広重がその仕事を手伝っていたと思われます。彼は、後に三代広重ともめごとがあったりして、歌川派から出てしまうのですが、非常に実直な人で、この絵を制作していた当時は広重の跡を継いで頑張ろうとしていたことでしょう。

その二代広重が「名所江戸百景」に1枚だけ参加した絵なんです。広重も雨の叙情あふれる作品をたくさん描いていますが、二代のこの作品も、初代に勝るとも劣らない風情がありますね。

能町:こういう淡々とした風景、とてもいいですね。赤坂ということは溜池ですか?

渡邉:奥の坂が見附に登っていく坂道です。

皆川:東京ガーデンテラス紀尾井町(旧赤坂プリンスホテル)の前にある坂道ですね。傘をさした人が坂を行き来してますが、その佇まいや雨に霞む様子がとてもいいですね。

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