《NEWS@もっと!関西》仕方なくお金を稼いでいます--浪花節ITベンチャー・柏木泰幸フェンリル社長(上)
不況の暗い影が覆う関西にも、一般的な社会価値にとらわれず、まっすぐ前を向いて輝いている人がいる。躍進中のITベンチャー「フェンリル」(本社・大阪市=写真はフェンリル社内)の社長、柏木泰幸氏(27)。「利益追求が会社の目的ではない」と言い切る柏木社長。競争社会の中であえて“逆張り”とも言える方針を掲げるその真意とは--。
インターネットを閲覧するためのソフトウェア(Webブラウザ)を開発するフェンリルは、タブブラウザ「Sleipnir(スレイプニル)」を主力としている。「スレイプニル」はパソコン上級者に支持され、今や国内シェアが5.3%と「Internet Explorer」、「Firefox」についで3位に食い込んでいる(アスキー・メディアワークス調べ)。柏木社長が「スレイプニル」の初代バージョンを開発したのは、大学在籍中の2002年のことだった。
--ブラウザ開発を手がけるようになったきっかけを教えてください。
もともとは、個人で小さなユーティリティソフトをつくっていました。ゲームソフトや画像処理ソフトですね。それを多くの人が使ってくれて、いろいろな人から賞賛の声をいただいて、そこに喜びを感じるようになりました。
「スレイプニル」を開発したきっかけは、それまでは他のフリーソフトを使っていたのですが、細かいところに満足できなくて……。そこで自分の好みにカスタマイズできるブラウザをつくり始めたのです。大学の講義中に、ノートパソコンでこっそり開発していましたよ。
最初にコンピューターに触れたのは中学生のころ。父親がパソコンを好きで、家にノートパソコンがありました。それと、中学校には古いコンピューターが置いてあってゲームなどで遊んでいたのですが、キーを触っているうちにプログラムが見えて『ゲームってこうやってできるんや』と知りました。それから本や雑誌などでBASICプログラミングなどを勉強し、独自でプログラムをつくった。それを先生がものすごく褒めてくれたんですよ。
「スレイプニル」はインターネットの掲示板で噂となり、口コミでユーザーが増えていった。一方、大学を卒業した柏木社長は、いったんエンジニアリング系の会社に就職する。しかし、その1年後の05年に独立を決意した。
--起業を決意した理由は何ですか?
社会人になって半年ぐらいのころに、家にどろぼうが入ってパソコンを盗まれたんですよ。ソースコードもいっしょに盗まれて、開発ができなくなってしまった。『もういいかなぁ』とあきらめの気持ちの一方で、『開発し直したい』という思いもありました。微妙な精神状態で揺れていたのですが、そんなときにユーザーから『やってくれよ』などの激励の言葉が寄せられて……。それらの声援に押されて、もう一度開発することにしました。
ただ、当時は会社での仕事をこなしながら帰宅後にブラウザを開発していたので、就寝時間が朝の4時になることもあるなど、開発に特化できない状態でした。会社勤めのままだと、物理的にブラウザをつくれない。どうしようか悩んでいたところ、当時IT系企業に勤めていた牧野兼史(まきのかずし、現フェンリル取締役)が僕の前に現れまして。2004年12月のことですね。牧野が勤めていた会社で新規事業を立ち上げることになったので、『一緒にやろう』との話でした。
最初は疑心暗鬼でしたよ。どう利用されるんやろうか、と。彼は見た目も怖いうえに、全然笑顔を見せないんですよ。『ゴルゴ13』の本を読んで、身を守る方法を確認したほどです。そもそも、先方は企業の一員として、こちらは個人として(新規事業を起こす)という話なので、わかりにくい。新しい会社組織にするならば、と(2人で起業することを)提案したところ、実際に牧野は会社を辞めてきた。話し合っているうちに信頼できる人だ、というのもわかってきましたしね。
05年5月にフェンリルを立ち上げた柏木社長は、「ソフトウェアを通じて“ハピネス”を提供する」ことを企業理念のひとつとして掲げる。
--法人企業として目指すことは何ですか?
世界中の人々が幸せになることです。
--それは具体的にはどういうことですか?また、“ハピネス”にはどういう意味が込められているのですか?
会社の目的は少なくとも、株主に利益を還元するのが目的ではありません。他人が幸せに感じるような環境をつくるということが、僕の目指しているところです。ポジティブな喜びの感情を言葉にしたのが、ハピネスです。
ただ、僕が言う幸せというのは、ITで(生活環境などの)なにかを楽にするという意味だけではないのすね。たとえばブログの炎上などをとっても、言葉のひとつひとつに敏感に反応して、一方的に批判する。こういう批判的志向が強すぎる社会は嫌なんですよ。幸せの数値を上げること、ブータン数値(=国民総幸福量、国の豊かさを計るうえでブータンが政策のひとつとして掲げている)を上げることが僕の目指す方向と言えばわかりやすいでしょうか。
ですので、将来的には学校をつくることもあるかもしれません。(社会を幸せにするためには)結局、教育が必要ですから。ただ、たとえばビル・ゲイツが大量に資金を投入して慈善活動を展開する話となれば別ですが、社会の環境を良くするために力なきものがやったとしても影響力はしれている。いまは力を蓄えているところと言えます。
--とはいえ、収益をあげないと会社を継続できなくなるのではないですか?
目的のためには儲けなければいけないところがあって、それはいわば『条件』です。仕方なくお金を稼いでいる、という感じです。
久しぶりに“とんがった”ヒトに出会えたような印象を受けた。茶髪でイケメンにも関わらず人前に出ることを好まず、「インタビュー写真も一切NG」という柏木社長。1年半ぐらい前に「利き腕を左腕に変える」と周囲に突然宣言し、箸の持ち方もままならずに、食事をボロボロこぼしながらも実行してきたそうだ。その理由をたずねると、「変化を起こし続けたい。そうしていれば、素晴らしいアイデアが出てくるかもしれないので」。
次回は、フェンリルのビジネスモデルや、「残業ゼロ、休暇たっぷり」を方針とする理由などに迫る。
かしわぎ・やすゆき
フェンリル代表取締役社長。1981年8月29日生まれ、27歳。大学在籍中の2002年に初代「Sleipnir」を開発。エンジニアリング系の会社勤務を経て05年にフェンリル設立。和歌山県出身で、同郷の松下幸之助に関する本を読み漁っている。
(梅咲 恵司 =東洋経済オンライン)
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