渋沢栄一が新1万円札の「顔」になる重要な意味 キャッシュレス時代だからこそ考えてほしい

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それと共に、彼は会社のあるべき姿として「合本主義」(がっぽんしゅぎ)を提唱しました。つまり、一人の出資者が会社の持ち主として支配するのではなく、多くが出資者として企業の設立に参加して、事業から生じる利益を分け合うという考え方です。また、民間企業である以上、利潤の追求は当然ですが、私益のみを追求するのではなく、社会の発展を実現するために必要な人材と資本を合わせて、事業を推進するという考え方です。

人々の幸福や富に永続性をもたせるために必要なこと

実際、渋沢栄一が500近い会社を立ち上げたのは、自分自身が儲けるためではなく、当時はまだまだ小国で、下手をすれば欧米列強国に植民地化されかねなかった日本の国力を高める必要があったからです。そして、その力の根源とは民間力と考えたのです。ただ、民間は散らばった個々の状態では微力なので、合わせて新しい価値を創造への原動力にする必要があると考えたのです。

経済的リターンを求めることは当たり前のこと。ただ、同時に社会的価値も求めるべきだ。その考え方は、今でいう「社会的インパクト投資」に通じるものがあります。

では、合本主義の先にあるものは何なのでしょうか。その目指すところとは、人々の幸福や富に永続性を持たせることです。目先の富を得るために手段は問わないというのではなく、富に正しい道理を持たせることによって初めて、人々の幸福や富の永続性が担保されるというわけです。

最近、ある有名企業経営者が「自らや家族などの富を極大化するために会社を私物化しているではないか」という疑惑から社会問題になりましたが、これなどは合本主義の考え方とは真逆の例といっても良いでしょう。

あらゆる手段を使い、巨万の富を得ることには成功しても、結果的に彼自身やその家族、会社の社員が本当に幸せになれたかと問われたら、決して「イエス」とは答えられないはずです。彼が今まで得てきた富は、もしかすると合法という裁決になるかもしれない。

しかし、正しい道理を持った富ではなかったため、幸福にしても富にしても、永続しなかった。これは、渋沢栄一が100年ぐらい前に警鐘を鳴らしていたことです。民間企業にとって利益追求は当然ですが、道徳が必要になるのは持続可能性のためです。つまり、渋沢栄一の「論語と算盤」、道徳経済合一説とは、今の言葉で表せば、サステナビリティであると私は考えています。

お金を使う時、新1万円紙幣をまじまじと見て、渋沢栄一と資本主義の在り方に思いを馳せるなどという人は、少なくとも日本人にはほとんどいないと思います。でも、日本に興味があって来日した外国人観光客の中には、多少の現金も必要かも知れないと考えて両替し、渋沢栄一の肖像が載った1万円紙幣を手にした時、「この肖像画は誰だい?」と質問してくるかも知れません。

新紙幣が流通する2024年の翌年は、大阪で55年ぶりに大阪万博が開催される予定です。東京オリンピックの5年後、政策の後押しもあり、日本を訪れる外国人観光客の数は、今以上に膨らんでいるでしょう。その時は胸を張って、「この人は日本の資本主義の父と言われ、今から100年以上も前に社会的インパクト投資やサステナビリティを掲げたシリアル・アントレプレナーの原型を実践してみせたんだ」と答えて差し上げて下さい。

このように考えると、新しい時代が始まるタイミングで渋沢栄一が新1万円札の「顔」になる「意味」があると感じませんか。

鈴木 雅光 JOYnt 代表、金融ジャーナリスト

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すずき・まさみつ / Masamitsu Suzuki

1989年岡三証券入社後、公社債新聞社に転じ、投信業界を中心に取材。2004年独立。出版プロデュースやコンテンツ制作に関わる。著書に『投資信託の不都合な真実』、『「金利」がわかると経済の動きが読めてくる!』等。

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