「ナショナリズムという日本の厄介な問題」 フランシス・フクヤマ ジョンズ・ホプキンス大学教授

渡部昇一氏に対し私が感じた疑問

 個人的な話をすると、私が日本の右翼と遭遇したのは、90年代初めに、渡部昇一氏とパネル討論を行ったときだった。渡部氏は上智大学の教授(当時)で、『「ノー」と言える日本』を書いたナショナリストの石原慎太郎氏の協力者である。討論相手に渡部氏を選んだのは、拙著『歴史の終わり』の日本版の出版社だった。

 何度か渡部氏に会っているうちに、私は彼が「関東軍が中国から撤退するとき満州の人々は目に涙を浮かべていた」と一般の人々の前で語るのを耳にした。彼によれば、アメリカは非白人を屈服させようとしており、太平洋戦争は詰まるところ人種問題だというのである。要するに、彼はホロコースト(ユダヤ人虐殺)を否定している人々と同じなのである。

 ただ、ドイツのホロコースト否定論者と違うのは、日本には彼の意見に共感する多くの人がいるということだ。事実、私の元には、南京虐殺がいかに大きな欺瞞であるかを説明した本が定期的に送り届けられてくる。さらに、小泉前首相の靖国参拝を批判する人々が、ナショナリストたちから脅迫されるという事態も起きている。加藤紘一代議士宅への放火はその例の一つだ。ただその一方で、まっとうな保守派である読売新聞は、小泉前首相の靖国参拝を非難し、戦争責任に関する優れた連載記事を掲載している。

 ナショナリズムをめぐる、現在の日本の状況は、アメリカを困難な立場に立たせている。

 多くのアメリカの戦略家は、日米安全保障条約を拡大し、NATOのような防壁を構築することにより、中国を包囲したいと考えている。事実、アメリカは、冷戦終結の数日前から日本に再軍備を促し、軍事力の保持と交戦を禁止している憲法第9条改正を正式に支持してきた。

 だが、アメリカはより慎重になる必要がある。極東におけるアメリカ軍駐在の正当性は、日本の自衛機能をアメリカが代行することにある。日本が憲法9条の改正に踏み切れば、新しいナショナリズムが台頭している今の日本の状況から考えると、日本は実質的にアジア全体から孤立することになるだろう。

 憲法9条の改正は、安倍首相の長年の課題の一つである。安倍首相が第9条改正を推し進めるかどうかは、彼がアメリカの友人たちからどんなアドバイスを得るかによって決まるだろう。ブッシュ大統領は、日本のイラク政策支持に対する感謝から生まれた“よき友ジュンイチロウ”に対する配慮から、日本の新しいナショナリズムについて発言するのを控えてきた。しかし、日本がすでに自衛隊の部隊を撤退させていることを考慮すると、いずれブッシュ大統領は、安倍首相に対して率直に物を言うことになるだろう。

(C)Project Syndicate

フランシス・フクヤマ
1952年生まれ。コーネル大学で西洋古典学を学んだ後、ハーバード大学大学院で政治学博士号を取得。ランド研究所、米国務省を経て、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)教授。『歴史の終わり』など著者多数。

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