大船、「ハリウッド」になり損ねた鉄道の要衝

松竹が造った映画の街に俳優は住まなかった

大船駅西口からすぐの大船観音は、1960年に完成。東急の総帥・五島慶太が築造に協力している(写真:市来広昭/PIXTA)

鎌倉は閑静な住宅街としても、古都の面影を今にも伝える観光地としても人気が高い。鎌倉市の人口は約17万人。決して大都市とはいえない規模だが、隣接する横浜市は人口が約370万人。そうした立地的な特性から、鎌倉市と横浜市の境に位置する大船駅の1日平均乗車人員は9万8695人(2017年度)で鎌倉駅の4万4866人(同)を大きく上回る。

大船駅は東海道本線や湘南新宿ラインのほか横須賀・総武線、京浜東北・根岸線、横浜線などが発着している。JR線以外にも江の島へのアクセスを担う湘南モノレールが発着している。また、短い期間ながら、過去にはドリーム開発のドリームランド線という、半ば伝説化したモノレールも運行していた。

戦前の大型再開発計画

現在、大船駅の駅前は繁華街化しており、飲食店やコンビニなどが立ち並ぶ。また、駅から徒歩10分ほど歩けば閑静な住宅街が広がる。

鎌倉市の端に所在しながらも、大船駅は鎌倉駅をしのぐ存在になっている。なぜ、大船駅は発展を遂げたのか。その最大の理由は、なによりも鉄道の要衝だったことだ。しかし、それだけで大船駅界隈の発展の歴史を語ることはできない。

大船駅が開設されたのは、1888年。翌年には東海道本線が全線開業を果たした。同じく、横須賀線の大船―横須賀間も開業する。

横須賀線は帝都・東京と軍港・横須賀とを結ぶ、大日本帝国にとって重要な路線だった。それだけに、多くの政府要人・軍人が横須賀線を利用した。また、古都・鎌倉への通り道だったこともあって旅行者の利用も多かった。利用者が多いことから、駅開業直後に大船軒が駅構内で駅弁販売を開始している。大船軒はサンドイッチを販売した老舗でもあるが、地元では鎌倉ハムのメーカーとしても知られる。

軍事と観光でにぎわう大船の街に変化の兆しが出てくるのは、大正半ばからだ。9代目・渡辺治右衛門が率いる渡辺財閥が、大船駅周辺に住宅街を計画する。金融業を柱に、明治期から財界で存在感を大きくした渡辺財閥は新事業として不動産業に乗り出していた。

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