「作文下手な日本人」が生まれる歴史的な必然

なぜ、日本人は論理的な文章を書けないのか

そして、結果的にアメリカの方針が根付くことはなく、具体的に、素直に、ありのままに文章を書くことによって真実を発見するという、大正期以来の「綴り方」の理念が、戦後の作文教育でも基調となった。

高度成長期に入り、生活が豊かになっていくにつれ、個々人の生活現実を赤裸々に綴ることで自らの境遇や社会の矛盾に気づく「生活綴り方」は、その時代的使命を終える。これに代わって1960年代以降に定着したのが、読書感想文と学校行事の作文である。

指定された課題図書の登場人物に思いを寄せ、読書体験によって子どもが自己変革を遂げることを期待する読書感想文と、学校行事という共通体験を通しての人間的成長を一人ひとりが個性的に描写する行事の作文は、基盤となる経験自体は全員に共通のものである。と同時に、そこに何を感じ、どう表現するかは、個々の子どもに委ねられている。

「一億総中流」社会と呼ばれた時代の風潮を背景に、共通の経験を基盤としつつ、そこにおけるその子ならではの独自な心情や表現を大切にしようとする当時の作文教育にとって、読書感想文と学校行事の作文は格好の題材だったのである。そして、これが今日まで半世紀にわたり、脈々と受け継がれてきた。

すでに始まっている国語教育の刷新

教育のガラパゴスとも言える読書感想文と行事の作文は、大正期に『赤い鳥』を創刊した鈴木三重吉の理念が、紆余曲折しつつも着実に受け継がれる中で生み出されてきたものである。

模倣に明け暮れた明治期からの脱却は、もちろん評価されていい。しかし、子どもの心情・態度を重視するあまり、書く技術や文章の形式が軽視され、アメリカやヨーロッパでは標準的に取り組まれているエッセー・ライティングやクリエーティブ・ライティングに当たる指導がほとんどなされなかった結果、論理的な文章を書けない子どもを大量に生み出してきたことは、反省されていいだろう。

もっとも、すでに国語教育の刷新は始まっている。2020年から段階的に実施される新しい学習指導要領では、高校の国語科の科目として「論理国語」が新設される。また、小学校や中学校の国語科の内容も、ここ数回の改訂で大幅に改善されてきた。

なおいっそうの努力は不可欠ではあるが、日本の作文教育が読書感想文と行事の作文一辺倒の状況から脱し、多様な文章を自在に書きこなせる日本人を輩出する時代は、ようやくそこまで来ている。

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