日本の“お家芸”工作機械、受注6割減の蒼白
日本で隔年開かれる世界最大の工作機械展示会、JIMTOF。今年(10月30日~11月4日)の来場者は17万人、前回比10%増と活況を呈した。会期を従来より2日短縮したにもかかわらず、だ。しかし業界大手、牧野フライス製作所の牧野二郎社長は顔を曇らせる。「関心は高かったが、『仕事がないので来てくれたのでは』と話す人もいて……」。
生産額シェア25%で25年連続世界一を誇る日本の工作機械業界が、未曾有の受注激落に襲われている。日本工作機械工業会(日工会)によると11月受注(速報ベース)は前年同月比62%減の516億円。直近にピークを付けた3月の1418億円からわずか8カ月で約3分の1に落ちこんでしまった。前年比で40%減という衝撃的な水準となった前10月と比較しても、299億円の急減となった。
悪夢のトヨタショック 2年は低迷濃厚か
激減に増して衝撃だったのが、軟調な内需に代わり受注を牽引してきた外需の腰折れだ。9月まで、さすがに軟化しつつも前年比1割減前後に踏みとどまっていた外需は、10月には38%減、さらに11月は64%減と大失速。
「リーマン破綻と2度のトヨタショックが決定的だった」と中堅メーカー幹部。2007年の総受注は前年比11%増の1・59兆円と2年連続史上最高を更新。そのハイペースは今年も続くかに見えたが「受注が積み上がるはずの6月が、すっぽ抜けた」(工作機械部品メーカー社長)。背景には、業界の大得意先・トヨタ自動車が5月発表した09年3月期の営業利益6700億円減益予想と、設備投資5%(802億円)削減計画があった。07年からの円高や原料高に加え、トヨタの弱気が投資意欲を萎縮させる中、9月には米リーマン・ブラザーズが倒産。大恐慌の記憶が世界を覆い、受注激減につながった。
そこへダメ押ししたのも、またトヨタ。11月に予想営業利益をさらに1兆円減額すると、業界は不況一色に。12月受注も低迷は確実で、年間総受注は6年ぶりの減少となる。業界2位の森精機製作所は今下期29億円の営業赤字予想へ減額。3位のオークマも下期営業利益は前下期比75%減の42億円に落ち込む(首位ヤマザキマザックは非公表)。
問題は復活の時期だが、受注の半分超を占める自動車関連は米ビッグ3が存亡の危機のただ中。半導体関連も市況悪化で「凍結状態」(専業メーカー)。風力や原子力向けなど大型機が得意な東芝機械やオーエム製作所が気を吐くが、実は「重厚長大向けが活発化するのは好況の最終段階が通例」(業界筋)。好材料は見当たらず、受注が90年の3分の1、5300億円へ落ち続けた91~93年の悪夢を想起する向きも少なくない。業界の大半は92~94年度、3期連続赤字の辛酸をなめた。
ただ、業界に詳しい青山学院大学経済学部の広田紘一兼任講師によれば、バブル崩壊時は政府の不適切な経済対策と90年に積み上がった仮需のため停滞が長期化。「似た例を強いて挙げれば、むしろ第1次石油危機か。今回も原因は米国発で単純。先進国の経済対策とBRICs等の伸長で、石油危機の際の9四半期連続減ほどには長引かないのでは」と予測する。
幻のピークへ積極投資 急悪化する固定費負担
が、「谷」は深いかもしれない。まず、コスト構造が、93年当時に比べ大きく変化した。日工会調査では業界(約30社対象)の損益分岐点比率は07年度77%と90年度に並ぶ高水準。だが、03年以来の新興国台頭や自動車バブルに伴って、業界の多くは積極的な設備投資と人員増に踏み込み、固定費増を軸に08年度の損益分岐点比率は相当悪化したおそれが大きい。
原料高で変動費も増加傾向。仮に09年の総受注を1兆円とすれば08年の推計1・3兆円強比30%減に近く、警戒水位の77%を割り込む。中には「安値競争で09年は9000億円台」(液晶関連機メーカー)との悲観論も。不安心理が悪役となる09年、そして10年は企業収益が本格的に悪化し、受注を一層減らすと見るのが今は自然だろう。
振れの大きい設備投資に連動し、工作機械産業は2~3年ごとに激しい好不況を繰り返してきた。特にバブル崩壊では多くの教訓を得たはずだが、“長すぎた好況”が幻のピークへ向けて設備増強を加速させてしまった。生産調整や派遣工員の削減に取り組む会社も続々出始めたが、稼働低下は利益を直撃しよう。
「今はチャンス。半年以内に結果を出したい。5~10年後を考えるとワクワクする」。森精機の森雅彦社長が意気込むのはM&Aだ。株安で時価総額が下がり、欧州で300億円相当の会社を買えば売上高が1000億円乗る、と胸算用。「(借り入れで)自己資本比率が下がっても積極的に実施し、売上高4000億~5000億円の企業にしたい」。その視野には技術と優良顧客を併せ持つ国内勢も当然入っている。
同業約100社がひしめきつつ世界市場の3割弱を占める日の丸工作機械の現状は、何よりの実力の証し。だが冬の時代を迎え「中東欧やアジアなど成長市場へアクセスし、現地生産も戦略に盛り込めなければ今後大きな差がつく」と広田講師は警鐘を鳴らす。次の春を身を縮めて待つだけでは、お家芸といえども再編・淘汰から逃れられない。
(内田史信、堀川美行 撮影:尾形文繁)
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