「新宿鮫」大沢在昌が短時間しか働かない理由

「長時間粘ればいい仕事になる」は勘違いだ

――耳が痛いお話です。その大沢さんも『新宿鮫』を上梓されるまで、なかなかヒット作が出ない時代があったかと思います。そういうなかでも、ご自分の執筆スタイルに自信を持たれていたのでしょうか。

限られた時間のなかで最良の結果を出すのがプロなんだってつくづく思いました(撮影:風間仁一郎)

確かに売れない時代がありました。『新宿鮫』で売れて、そこから怒涛のように仕事をさせられたんだけど、自分がダメになるんじゃないか、ってそのときは思ってました。同じものしか書けなくなるんじゃないかって。でも実際は全然そうじゃなくて、ものすごい量を執筆しながらも、新しいものや評価されるものが書けた。そのときに、プロってこういうことなんだなと。やたらいじくり回すからいいものができるわけじゃない、限られた時間のなかで最良の結果を出すのがプロなんだってつくづく思いましたね。

――結果が出るまで、不安とはどのように向き合ってきたのでしょう。

1979年にデビューしたんですが、(作家の)北方謙三さんや船戸与一さん、逢坂剛さんなどが同期で、自然発生的につるむようになった。皆が賞を取ったりベストセラーを出したりするんだけど、俺だけいつまで経ってもパッとしなくて。これは勝負をかけようと思って、ほかの仕事を断って、1年半かけて1本の作品に集中した。当時の俺の勝負作を世に問うたんだ。でもまったくダメで、33歳だったんだけど、作家として一生やっていけるのかと不安になりました。

結婚もしてたし、食っていかなきゃいけないから、次の書下ろしに取り掛かったんだけど、難しいこと考えるのはやめて、自分が楽しいと思うものを書けばいいやと。それが『新宿鮫』で、ドンとヒットした時、それまでのことは無駄じゃなかったと思ったんですね。努力したからって、即座に答えは出ない。タイムラグはあったけど、1年半の苦闘は必要な期間だったんだって。

執筆は1日に1~2時間

――大沢さんの仕事のスタイルの特徴として、1日に1~2時間しか執筆をしないそうですが、本当なのでしょうか。

本当です。俺はね、机の前に座ったら、書く以外のことをしないんだよ。トイレにも立たないで、ずっと書いてる。集中力が途切れたら止めて、はいここまでっていう感じ。今日も午前中に1時間半、『新宿鮫』の原稿を書いて、その後(本インタビューを含めた)取材がいくつか入ってるんだけど、もしそれがなくても今の時間には原稿を書いていないですね。

――いつからそのような執筆スタイルをしているのでしょう。

ずっとですね。若い頃はね、締め切り前に徹夜して何十枚も書いたけど、さすがに集中力が6~7時間も持続しなくなった。体力との兼ね合いもありますしね。あと、そういう仕事の仕方をしても、あまり面白くないんですね。熱くなって書き上げたときは充実感があるけど、後になってみると「大したこと書いてねえじゃん」って場合もあるし。

小説って、選択肢の連続なんですよ。主人公を動かすとき、右に行くか左に行くか、その連続なわけで。それを1日で一気に描き切ろうとすると、違う選択肢を選んだ場合のことを、あまり考えなくなってくる。だけど日を分けてゆっくり書いていれば、ある程度先を予測して書ける。そのほうが優れたものになるのではと、勝手に思っているだけなんだけど。 

――気分が乗らないときの乗り切り方は?

そんなことはしょっちゅうあるけど、机に座ったら書く時間だって自分に強いるからね。どうしても気が重いときは、褒められた評論やファンレターを読み返してみて、勢いをつけないと書けないときもあるね。あと、どうしても無理なときは、(原稿用紙)2枚だけ書こうって決めてるの。書き終わって、もうダメってときもあるし、もう2枚いけるかなってなったり。もう1人の自分が、自分自身に伺いながら書いているときもあるよね。

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