23歳の「野球エリート」が大学卒業後に描く夢 日本一になった山根佑太がバットを置いた訳

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山根は誰より冷静だった。

「それほど身体能力の高くない僕が、たまたま成績を残しただけで、勘違いしちゃいけない。親は野球をやめないほうがいいと言っていましたが、僕の気持ちは変わりませんでした」

もしプロ野球の球団からドラフト会議で指名されれば、1位なら契約金は1億円、3位、4位指名でも5000万円は下らない。山根と立教大学の同期で、阪神タイガースに3位指名された熊谷敬宥の契約金は6000万円、東京大学のエースで、北海道日本ハムファイターズから7位指名を受けた宮台康平の契約金は2500万円と報道されている。

プロ野球選手はもちろん、金銭的に恵まれている。活躍次第でさらに知名度が上がり、人脈もできる。もし大成できなくても得るものがあるはずだ。

「僕のまわりにも『契約金をもらえるんだから、プロでやってみれば』と言う人もいました。でも、僕はその何年間かをムダにするのが嫌だったんです。3年でクビになるとして、3年間を空っぽの状態で野球をやっても仕方がない。野球に対する向上心もないのに、お金のために過ごすことはできない。お金持ちになれなくてもいいんです。明日死んじゃうかもしれないのに、本当に自分がやりたいこと以外はやりたくない」

プロ野球を目指さないとしても、社会人で野球を続けるという選択肢もあったはずだ。さらに高いレベルで揉まれることで、気持ちが変わる可能性もある。

「大学で4年間プレイしているうちに、プロに行く気がない人間が社会人で野球をやるのはどうかと思うようになりました。プロを目指す気持ちがないのに、野球を続ける……『とりあえず社会人で』とは思いませんでした」

ずっといた野球の世界から飛び出す

山根は、子どものころからずっと打ち込んできた野球をやめる決断をしたことで、最高の1年を送ることができた。野球エリートとしてど真ん中を歩いてきた男は、大学を卒業したあと、何を職業に選んだのか。

「いまは、個人オーダーのスーツの販売をしています。もともとスーツの仕事をしたいという気持ちがあったので。採寸して生地を選んでもらって、その人に合ったスーツをつくっています。お客さんにはプロ野球選手も、普通のビジネスマンもいます。単価自体は高くありません。店舗は持たず、直接オーダーをいただいています」

それまで関わってきた野球の世界とは何もかも違う。経験のない世界になぜ飛び込んだのか。

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