「たいていの選手はミスをすると、下を向く。周囲が『エラーを取り返すために声を出せ』と叱咤するのが、高校野球でよく見る光景。でも、高梨は現象をしっかり見て、アウトになる可能性を探っていた。自分たちだけでなく、相手との兼ね合いで物事を見ていた。自分を見る目、相手を見る目、相手が自分を見る目の3つをわかる選手は強い」
ベンチで采配を振るう監督にとって、グラウンドで自身の意をくんで動いてくれる選手は心強い。渡辺にとって、そんな“分身”が例年以上に必要だった。
野球とソフトボールの違い
野球とソフトボールには同じ9つのポジションがあり、同じ試合形式で勝敗を決していく。勝負の分かれ目、作戦を立てる根拠、選手のモチベーションの高め方、組織の強化法は、両者に共通しているものだ。渡辺は東京農業大学第二高校時代に野球部員として甲子園に出場した後、日本体育大学ではソフトボールをプレーし、卒業後は星野高校ソフトボール部を率いて名将と言われるまでになった。
自身の身をもって、野球とソフトボールの相違点を熟知している。それだけに、川越東で右腕となってくれる選手を渇望していた。
野球とソフトボールでは、距離感とスピードが違う。細かいルールが異なり、たとえばソフトボールには牽制球が存在しない。だから投手の牽制球のタイムが速いのか、遅いのか、野球の基準で判断することができない。
「ソフトボールでは気づけても、野球では気づけないことがある。だから、私をフォローしてくれ」
監督に就任した渡辺は自身の弱点を包み隠さず、高梨にそう頼んだ。優れた野球感を持つ彼を“頭脳”に加えることで、野球から離れていた30年近くのブランクを埋めようとしたのだ。
相手の分析を得意とする渡辺は、作戦を立てる際にも高梨を頼りにした。「私は相手投手の攻略法をこう考えるが、君はスライダーを狙えると思うか」。同じ感性で対話できる高梨が監督として貴重で、選手たちの前で「私をフォローしてくれる存在はありがたい」と話したこともある。すると、同じ役割を担う選手が数名現れた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら