「対米従属論者」が見逃している吉田茂の素顔 天皇制を守った吉田の愛国主義とは?

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日本で「対米従属」批判を繰り広げている論者たちの多くは、吉田茂を批判するという共通点を持っている。戦後初期に長期間にわたって首相を務め、日米安保条約に署名し、日米同盟を基軸とする日本外交の基本路線を創った吉田を、いわば「対米従属」の起源とみているのだ。

なるほど、吉田は確かに戦前から親英米的な立場を表明していた。また、英国製の高級スーツに身を包み、葉巻をくゆらせ、ロールスロイスを乗り回すその英国趣味は、反アングロ=サクソン感情を持つ一部の日本人の気持ちを刺激するものであっただろう。はたして彼は、「対米従属」の「売国奴」だったのか。

じつは吉田ほど強い「愛国心」を持ち、また日本の「国体」を守ることに執着した政治家は多くはないのではないか、と私は考えている。実際、アメリカの占領下にあった日本を一日も早く独立させることに執念を燃やし、数多の困難を乗り越えサンフランシスコ講和条約を結び、日本の独立回復を成し遂げたのは、他ならぬ吉田であったのだ。

それでは吉田は、どのような「愛国者」であり、どのように「自主独立」を達成しようと努力していたのか。それを明らかにするために、私は戦後初期の吉田の思想と行動を『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か(前編・後編)』(新潮選書)という本にまとめた。そこでは、「対米従属」批判をする者が罵る姿とは、大きく異なる「愛国者」としての吉田の素顔を紹介している。

熱烈な「天皇主義者」だった吉田茂

吉田茂は、英国趣味を有する一方で、常日頃から日本の伝統としての皇室の重要性を説くことを憚らなかった。吉田は回顧録で、「日本民族の国民的観念として、皇室と国民は一体不可分である、と私は信ずる」と述べている(吉田茂『回想十年・3』<中公文庫、1998年>82ページ)

さらには、吉田は自らの皇室観を次のように記している。

「皇室の始祖はすなわち民族の先祖であり、皇室はわが民族の宗家というべきである。換言すれば、わが皇室を中心として、これを取り巻く家族の集団が、大和民族であり、日本国民であり、これが日本国家を構成しているのである。古くより、君臣一家のごとく相依り相扶けて、国をなし来たったというのが、日本の伝統である。この伝統、歴史によって、祖先崇拝の大義が生まれ、培われ、わが民族固有の特性にまで発展し、わが国体の拠って以て立つ大本をなすに至ったのである」(吉田茂『回想十年・3』<中公文庫、1998年>82ページ)

現代のリベラルな教育を受けた人からすれば、違和感を抱くほどに保守的な吉田の姿が浮かび上がるかも知れない。ここで重要なのは、吉田はそのような日本の伝統を「世界中で一番よいものだとは信じるが他人にまで押しつけようとは思わない」姿勢を有していたことだ。自国の優位性を誇り、他国の文化や伝統を侮蔑することは、吉田の流儀ではなかった。

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