人気回復「熱海」に眠る幻のモノレール計画

過去に東京モノレールと接続する壮大な案も

熱海モノレール株式会社作成パンフレット(発行日記載なし)
路線図を拡大。熱海駅から海面に出て、和田浜海岸のロープウェイに至る

当時の国鉄の駅については、民衆駅にすることが各地で行われていた。民衆駅とは駅舎の建設を国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅のことだが、熱海駅についてはゴタゴタが続いて計画が定まらなかったため、熱海駅付近の地下に造る予定であったモノレール始発駅は、当時、駅前再開発で建設計画があった駅前の熱海第一ビルの地下3階に決まった。

モノレール計画は、跨座式3両編成の車両を用い、熱海第一ビル地下からトンネルを通って国立熱海病院(現・国際医療福祉大学熱海病院)付近で海岸に出て、海岸から数十m離れた海上を海岸沿いに走り、途中3カ所の海上駅を経て、アタミロープウェイ山麓駅に至るというルートだった。当時の作成されたパンフレットには以下のような記述がある。

モノレール運行区間は 熱海駅から海面に出て、和田浜海岸のロープウェイ前までです。図のように国際的泉都の大玄関熱海駅前を地下で出たモノレールは 国立病院をトンネルで海上へぬけ、他の交通機関では例を見ない海面上の経路をとり、お宮の松、渚町の海岸沿いに、和田浜南町のロープウェイ前にいたる2kmの区間です。

反対運動でたびたび計画変更

熱海モノレールは熱海駅前から海岸線に出るまでトンネルを造るので、その付近の旅館や別荘保有者の振動や景観の破壊、温泉が出なくなるおそれなどの不安により、強い反対にあった。また、海上駅を造るにあたって、埋め立て地を造成すること、レールの柱が海に立つということで、環境破壊や美観を損ねるといった批判も多かった。そのため、ルート変更や海上駅の削減、海上駅用の埋め立て地を最低限にして、陸地と駅を桟橋でつなぐ案などが当時検討されている。また、資金難だったのか、工事を1期と2期に分ける計画も出ていた。

モノレールはこのあたりでトンネルから出て海岸にそって海上を走り、左手山上に小さく見える熱海城下のロープウェイ山麓駅まで行く計画だった(筆者撮影)

1963年12月の運輸省許可時には1年半ほどで完成とみられていたが、1967年ごろまでゴタゴタは続いている。その間、ルート上の地域の測量などは行われていたが、工事が実行されたのは、熱海モノレールが所有者である熱海市から4000万円で購入した熱海第一ビル地下3階へのホーム建設だけだった。

熱海駅と同ビル地下1階は地下道で結ばれているが、当時、この地下道の工事費1億円も同社が負担するので協力してほしいと熱海市役所に持ちかけている。当時、昭和40年不況で熱海第一ビルのテナントもなかなか集まらない状況で、熱海市としては願ってもない話であったが、地域の反対運動を当時最大野党だった社会党が支持しており、モノレール計画は与党対野党という政治的な対立構造を生み出してしまったようである。結局、モノレール計画は立ち消えになり、話題にならなくなってしまった。

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