東京の「満員電車ゼロ」は複々線化でも困難だ 通勤輸送対策に携わった鉄道会社OBが語る

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――では、混雑緩和を進めるにはどうすればいいでしょうか。

輸送力の増強は線増しかありませんが、鉄道事業者や地方自治体の資金には限度があります。国としてのコントロールが必要でしょう。

都心3区や渋谷・新宿・池袋の昼間人口がどう変化しているかを見極めないといけませんが、経済の活性化は図りつつ、都心の昼間人口の増加を抑える方法を考えないと。

東京の場合、この先沿線人口が減っても通勤需要はなかなか減らないんじゃないかと思います。というのは、結局、今もビジネス人口が増える方向で都心のオフィス開発などが進んでいるから。大学も一時期は盛んに郊外にキャンパスを造っていましたが、今はまた都心に戻る傾向です。

東京駅から30キロ圏内の都市、たとえば町田、立川、大宮、津田沼、松戸あたり、こういった街を独立した首都圏の中核都市として、それぞれ特徴のあるビジネス街や産業を育成するといったことが必要でしょう。今はIT産業が盛んで通信も発達しているわけですから、都心一極集中の必要はないはずです。

――最近では、都が盛んに時差出勤のPRをしたり、鉄道会社が早朝の利用に特典のポイントを付けるサービスを行ったりと、時差通勤の浸透に向けた動きが見られますが、どう思いますか。

行政や鉄道会社が通勤輸送の改善を考えているんだよ、というPRの意味では効果があるでしょうが、あまり実質的な効果はないと思います。早朝に乗ればポイントを付けてくれるといっても、始業時間は結局のところ会社が決めているんだから、それより1時間早く出勤するというのはなかなかできないでしょう。

時差通勤も個人の問題ではない

――時差通勤は昔から呼びかけられていますが、なかなか定着しません。実際に効果があった例はあるのでしょうか。

生方良雄(うぶかた よしお)/1925年生まれ。1948年東京急行電鉄入社、同年6月の小田急電鉄分離独立で同社へ。車両部長や運輸部長、運輸計画部長、箱根ロープウェイ専務取締役などを歴任。鉄道に関する著書多数(記者撮影)

戦時中の話ですが、工場に勧告を出して、工員は7時、事務員は8時と職種によって出勤時間に差をつけたんですね。これは効果があったようです。また、沿線に軍需工場が多かった私鉄の人に、当時の通勤輸送は大変だったでしょうと聞いたら、工場は3交代制で通勤時間がバラバラだからそんなに混んでいなかったと。

――大規模に取り組めば効果が出るわけですね。

極端なことをいえば、霞が関の官庁が始業時間をずらすとか、証券取引所の取引時間を変えるとか。そうすると民間も動くでしょう。あとは、鉄道輸送力の増強などに融資するための通勤対策税を都心の事業所に課して、始業時間をピークから前後にずらした分だけ税率を低減していくとか。

通勤の交通改善は個人の問題ではなく、国や社会の問題です。目先の対策に右往左往するのではなく、大きな視点で考えてほしいと思います。

小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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