夜間小児救急の緊急事態! 医師不足、患者殺到に立ち向かう
午後8時。すでに外来診療は終わった東邦大学医療センター大森病院(東京都大田区)の救急外来を、近くに住む小学生の女の子が母親と訪れた。熱があるという。「まず、お話からお伺いしますね」。看護師の誘導で、2人は小さな部屋に通される。3分後、「心配ございません」と促されて出てきた母娘は奥の待合室へ案内されていった。3分間、室内で行われていたのは「トリアージ」という緊急度判定作業だ。
トリアージとは仏語で選別を意味する。災害時など多数の傷病者が同時多発した際、限られた医療資源で最善の救命効果を得るために治療の優先度を決める「重症度判定法」として普及してきた。重症度に応じた色別タグ(黒=心肺停止状態など救命不可能、赤=重篤だが一刻も早い処置で救命可能、など)を傷病者の手首に巻くことで、「誰を最初に助けるべきか」が一目でわかる。日本でも2005年に107名の犠牲者を出したJR福知山線脱線事故で初めてトリアージが実施されたといわれる。
大森病院小児科では以前からトリアージを導入してきた。日常の医療現場が非常時のノウハウまで取り入れざるをえない。それは、小児医療の現場が“緊急事態”だという証しだ。
病院に勤務する小児科医は月100時間の残業も珍しくなく、過労は深刻だ。小児科医の数自体は減っていないが、「開業医はともかく、救急医療を担う病院勤務医は減っている。女医が出産・子育てと両立できずに辞めざるをえない例もある」(大森病院小児科の松裏裕行医師)。
そこに昨今話題の「コンビニ受診」現象が起きた。軽症にもかかわらず救急に駆け込む親子--。大森病院小児科の07年度の急患約1万2000人のうち、入院の必要があった重症患者は3・5%。残りは帰宅可能だった。受診数が減る傾向はない。同じくトリアージを導入した武蔵野赤十字病院小児科では、小児救患数が07年度1万0939人と2年前の1割も増えた。そのうえ「冬場の風邪だと大半の親がインフルエンザ検査を希望する。検査や結果説明で診察時間が1人30分以上になる」(清原鋼二・同院小児科副部長)。
患者が溢れることで医師たちが恐れるのは治療緊急性の高い子どもの存在を見落とすことだ。乳幼児に多いクループ症候群(喉頭気管支炎)は一見単なる風邪だが、もともと小指1本分の空間しかない声帯周辺が腫(は)れるため、まれに急変し窒息死する。アナフィラキシー(食物などが原因で起こる急性アレルギー反応)も緊急処置を怠れば重症化する。
それを防ぐのがトリアージだ。症状の重い順から蘇生、緊急、準緊急、非緊急に分類する。まずはけいれんや意識障害などの全身状態を点検。さらに緊急度分類表(疾患ごとの判定基準マニュアル)に照らす。同じ誤飲でも小さなプラスチック製品など体に害がないものなら非緊急、ボタン電池なら準緊急、アルカリ電池のように残留電力が胃に影響するおそれのあるものなら緊急となる。最後に体温、脈拍、血圧、呼吸数、酸素濃度などバイタル(身体的)サインで判断。以上を3~5分以内で終了させる。「現時点では割とうまく機能している」(清原医師)。患者のクレームもない。ただ小児医療は風邪が流行るこれからがピークだ。