診療報酬改正でスケープゴートに、再入院もままならない脳卒中後遺症患者の苦難

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診療報酬改正でスケープゴートに、再入院もままならない脳卒中後遺症患者の苦難

血栓溶解剤(t‐PA)使用への高額の加算創設など、2008年度の診療報酬改定では、脳卒中患者の早期治療、早期回復を強力に後押しする仕組みが盛りこまれた。反面、脳卒中の後遺症で長期の入院生活を続けている患者や体調の悪化で急に再入院が必要になった患者には、今までと同様の入院の機会が保障されなくなった。

東京都足立区の柳原リハビリテーション病院(藤井博之院長、総病床数100床)。同病院3階の「障害者病棟」(40床)には、介護する人がいないために自宅に戻れない脳卒中の後遺症患者や、在宅生活で機能が低下した患者が多く入院している。ところが、今回の診療報酬改定で、そうした患者が同病棟の報酬算定対象者から10月1日付で外された。これにより同病院は報酬算定を断念。病院の収入が月に550万円も減少する見通しになった。

柳原リハ病院の年間収入は約10億円。今の事態を放置すると、半年で7000万円近くも穴が開く。同病院では、難病患者など引き続き障害者施設等入院基本料の対象となる患者の受け入れを増やすことで、再び障害者病棟の入院料の算定を目指しているが、道のりは厳しいという。

病院の危機は、患者の危機と表裏一体だ。診療報酬点数の低い患者は病院経営を圧迫する。その結果、「不採算」の患者は行き場を失う。

発端は療養病床再編 患者支援の機能が欠如

「障害者病棟には、本来の目的にそぐわない患者が多く入院している。そういった方々は、(介護保険対象で医療従事者が少ない)老人保健施設などに移っていただきたい」

厚生労働省幹部がこう言い放ったのは07年11月。診療報酬改定を議論する審議会の席上だった。難病患者や肢体不自由児などの入院を目的にした同病棟に、脳卒中の後遺症で障害を持つ患者が多数入院している事実を取り上げ、「本来の趣旨に外れている」と同省幹部が断言したのだ。

脳卒中後遺症患者が同病棟に流入したのは、06年度の診療報酬改定にさかのぼる。この時、長期入院患者が多い療養病床(医療保険適用)に患者の医療必要度に応じた「医療区分」を導入。寝たきりなどで介護の手間がかかるものの、医療行為が比較的少ない患者に関する診療報酬を採算割れの水準にまで引き下げた。

医療区分導入を機に、こうした患者が多い病院は経営危機に直面。病棟の一部を、相対的に診療報酬が高い障害者病棟に転換することで経営悪化と患者の追い出しを回避しようとした。改定前の05年から2年間で、同病棟の病床数が5割増の5万床に達したことがその事実を物語る。

ところが厚労省は、08年度の報酬改定で障害者病棟の対象患者から脳卒中の後遺症患者を除外。患者を自宅や介護施設などに移転させる方針を明確にした。が、ここでの問題は自宅に介護者がいなかったり、介護施設が満杯で退院の見通しの立たない患者が少なくないことにある。

柳原リハ病院では、脳卒中後遺症患者は同病棟の5割を占める。医療保険適用の療養病床から転換した経緯があるためだ。同病院では患者の追い出しは行わないが、自宅で体調を崩した患者の再入院も困難になっている。「亜急性期病床」という再入院の仕組みも活用しているが、病床数は全体の1割に規制されているため、同病院では10床にとどまる。

「介護施設を含め、脳卒中患者を長期で支える仕組みを欠いたまま、障害者病棟を大幅に見直したのは歴史に残る失策だ」(藤井院長)。

脳卒中患者の苦難は続きそうだ。

(週刊東洋経済)

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