「夫に嫌われたら終わり」と気付き震撼した日

「認知的不協和」に我々はどう対処すべきか

この不自由さと言ったら……! 私は私のおカネでカフェラテを買いたい。夫に「おカネが足りない」と言いたくない。

共働き時代は、基本的に費用は夫と共同で負担しており、家族の買い物は自分の財布から出す感覚で選べた。が、もうそれができない。結局、人の財布で買い物する感覚に慣れることはできなかった。日本のクレジットカードで為替手数料を払って決済することもあった。

次に、家事分担だ。共働きだと家事は夫と分担しつつ、自分が苦手な領域については十分にできていないことに言い訳もできた。育児についても夫に強硬な姿勢で参画せよと言えた。それが、収入が大きく減り、しかも「Dependant's Pass」(帯同ビザ)という何とも嫌な証明書によってここで存在できている私。

「なんで私ばっかり(1歳児がエンドレスに出して散らかすおもちゃを片付け続けないといけないの)!」というセリフを飲み込むようになった。

このような思考は、夫に何か言われて思い至ったわけではない。……でも、私は稼いでないんだし夫の仕事のおかげで生活できているんだから、家事・育児くらい私がやらないとじゃない?という気分になっていく。

そして最後に、自分でも衝撃的だったのだが、家におカネを入れていない、家事も苦手、となったときに、自分がここに住んでいられるたった1つの理由が、「夫の愛を確保できていること」なのだと感じたこと。正直自分でゾワッとした。

これも夫に直接言われたことなどないが……専業主婦の皆様が毎日おきれいにされているのはそういうことなの? 愛されて、今の生活を保持するためなの? いや、彼女たちは家事も育児も立派にやっているから、綺麗にしているのは夫の愛を確保するためというわけではないか?  いずれにしても、「夫に嫌われたら終わりなんだ」という事実は自分を驚愕させた。

夫とけんかして「お前なんかいらない」と言われたら、その瞬間、無職である私は明日から生活ができなくなり、そもそも帯同ビザだからこの国から追放される。

育児はそれなりにやっているから子どもたちの母親としての役割は果たしているなと思うものの、なんだかもう恐ろしすぎて、経済的自立がないってものすごく不安な状態だなと震撼した。

認知的不協和ー「すっぱい葡萄」

その後、このアイデンティティクライシスとワンオペ育児に悲鳴をあげ、わが家はおカネをかけて家事は外注することにした。ある程度育児が楽に、かつ子どもたちが”お手伝い戦力”になるまでの間、私は家事から完全に離れ、その時間でリモートで日本向けの仕事をがっつり再開することにした。

この前後で私は「認知的不協和」という言葉を思い出した。

認知的不協和というのは、①自分の信念やそれまでの行動があり、それと②矛盾した事実が出てきた(状態に陥った)とき、強い不快感を覚えるというもの。この解決策は、①の信念や行動を変えるか、②事実や状態を変えるということになる。 イソップ物語で葡萄が得られなかったキツネがあの葡萄はすっぱかったのだと思おうとする、という話がよく事例にだされる。

たとえば、これまで①「男女平等であるべき。性別役割分担なんて古い!」と思っていた人が、あるきっかけで②専業主婦になった……というのも1つの認知的不協和を生む状況なのだと思う。そのときに、①「いやでも、性別役割分担をしたほうが物事うまくいくよ」と認知自体を修正するか、②専業主婦をやめて働きに出るか、選ぶかということになる。

私は、この両方を駆使した節がある(これを「和解」ともいうらしい)。つまり、②のほうについては専業主婦状態を脱して不安定ながら収入を得られるよう動いたわけだが、同時にあまりに「なんで私ばっかり」と胸の中に抱えこむ状態がストレスフルすぎて、①の平等主義も修正し始めていたと思う。

次ページ「認知的不協和」を起こしていた私の主張
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