金融危機で一変、輸出立国の見直しを 岐路に立つ米国への資本還流

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
金融危機で一変、輸出立国の見直しを 岐路に立つ米国への資本還流

米国発の金融危機が世界の信用収縮をもたらし、実体経済にも悪影響を与えている。日本は2002年から景気回復が始まり、その期間の長さから「いざなぎ超え」と呼ばれた。

ただ、その中身は輸出と設備投資に支えられたものであり、08年4~6月期のGDP(国内総生産)はマイナス0・6%(年率換算マイナス2・4%)となり、景気後退の局面を迎えている。

最後の買い手が退場へ

これからの日本経済は米国向けの輸出には期待できないだろう。金融危機は一過性のもので終わらず、その後遺症は続くと見られるからである。米国では実体経済の悪化を示す統計が次々に発表されている。

たとえば、08年8月の米国の新車販売台数は前年同月比26・8%減となった。米国で健闘してきた日本車の販売台数の落ち込みも大きく、製品の競争力があるといわれるトヨタ自動車でも販売台数は32%減となった。また、9月の米国の住宅着工件数も前年同月比34・8%減と17年ぶりの低水準となった。

米国は貿易赤字が拡大する中で、「強いドル」を維持して、住宅建設や消費が牽引する経済成長を続けてきた。米国が貿易赤字、財政赤字を拡大させる中で、「強いドル」を維持するというマジックが実現できたのは、日本、中国、中東産油国、欧州などの貿易黒字国が米国に資本を還流させて、米国の購買力を支えてきたからである。

米国が世界から自動車などの消費財を旺盛に輸入し、さらに海外から還流した資本を原資にして、世界に投資したことから、欧州や、BRICsと呼ばれる新興経済諸国などの成長を促進した。

だが、この好循環もサブプライムローン危機に端を発した金融危機により、終焉を迎えようとしている。

1991年に刊行された『市場に聞く! 日本経済・金融の改革』(東洋経済新報社)以来、最近の『黒字亡国』(05年 文春新書)まで、「対米黒字が日本経済を衰退させる」という主張をしてきた格付け会社・三國事務所の三國陽夫代表取締役は、「米国は近いうちに世界の“最後の買い手”の座から降りるだろう」と予測する。さらに、「米国は資本財ではなく、消費財ばかりを輸入してきた。この結果米国には生産し、輸出する力がない。貿易赤字国の米国には膨大な対外債務を返済する力はない。日本、中国、欧州など米国に債権を持っている国は将来対米債権の一部を放棄せざるをえない事態も考えられる」と語る。

日本は米国債の購入や、外国為替資金特別会計によるドル買い介入などを通じて積極的に米国に資本を還流させてきた。それは日本からの輸出を維持する政策でもある。

米国の対外純債務が302兆0890億円に膨らむ過程で、日本の対外純資産は250兆2210億円に増えている(07年末、財務省統計から)。財務省は地域別に日本がどのくらい対外純資産残高を持っているかという統計を公表していない。

大蔵省のナンバー2である財務官を務めた国際金融の専門家である榊原英資早稲田大学教授は、「対外純資産の多くが米国への債権である。政府と民間と合わせて日本が持つ対米純資産は200兆円くらいか」と推測する。

こうした資金還流で、黒字国の日本にはデフレ圧力が、赤字国の米国にはモノとカネが集まり、好況になる圧力が加わった、と三國氏は著書で分析する。日本が営々と貯めたドル建て資産だが、それを取り崩して自由に使うことはできず、三國氏の表現を借りると、「古米、古々米」になっている。

日本がドル建て資産を取り崩せない理由は、それをするとドルが暴落し、米国経済に悪影響を与えること、日本の輸出企業の採算が円高により悪化することを政策当局が恐れているからだろう。

このままでは米国と共倒れ?

米国人から見ても、長期的には価値が下がり、自由に使えもしないドルを貯め続ける日本の行動は奇異に思えるようだ。97年米国を訪問した橋本龍太郎首相(当時)はコロンビア大学で講演後、ある米国人学生から次のような質問を受けた。

「過去20年間にわたって、アメリカのドルは円に対して、その価値を半分近く減価してきたという事実を考慮すれば、日本や日本人が米国債を蓄積し続けることに長期的な利益があると、あなたは思われますか」

これに対して、橋本首相は次のように答えた。

「本当のことを申し上げれば、われわれは大量の米国債を売却する気になったことは何度かあります。でも、日本がいったんそのようなことをすれば、アメリカ経済に計り知れない衝撃を与えることになりますね。(中略)ですから、われわれは、米国債を売却し、外貨準備を金に変えようとする誘惑に、屈服することはないでしょう」

橋本首相の発言はドル建て資産の売却を否定する内容だったが、翌日のニューヨーク市場は、87年のブラックマンデー以来最大の192ドルの下げ幅となった。

「橋本失言」以来、日本の政治家や官僚による「米国債売却発言」は封印されている。

米国は金融危機対策として、銀行の不良債権購入や公的資金注入を柱に総額7000億ドルの金融安定化法案を成立させた。米国のバブル崩壊と日本のバブル崩壊の過程がよく比較されるが、根本的な違いがある。米国は世界最大の債務国であり、この7000億ドルの原資となる米国債を日本などの債権国に買ってもらわなければならない、ということだ。

日本など債権国は結局、米国の圧力に押し切られ、「奉加帳」に応じて米国債を購入することが予想される。ただ、「その結果、米国とドルの信認が大きく低下し、米国への資本還流に債権国が慎重になることで、米国の購買力は大きく低下するだろう」(水野和夫・三菱UFJ証券チーフエコノミスト)と見られる。

もし、これまでのように米国への資本還流を続けて、輸出依存の経済構造を維持しようとすれば、金融(債権債務関係)で米国という「帝国」と鎖でつながれている日本は、「米国の没落に巻き込まれて、共倒れになる危険性がある」(水野氏)。

日本はいずれ財政が出動して、根本的な内需拡大を迫られる時期が来るだろう。その際、留意しなければならないのは、従来の輸出立国、生産者優位の経済構造を変えて、消費者、生活者優位の経済構造に転換を図るようにすることだろう。

サブプライムローンに突っ込む前の米国の住宅建設促進税制や金融システムも参考になるだろう。

住宅など日本人の生活の器を一回り大きくして、内需拡大を目指す時期を迎えている。

(内田通夫 =週刊東洋経済)

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事