飛騨高山にイスラエル人観光客が集まる理由 ナチス時代までさかのぼると理由が見える
イスラエル人が岐阜県に集う理由
なぜ今、イスラエル人が岐阜県に集うのか、その理由は、実にナチス時代にまで歴史を遡ると見えてくるという。
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から、安住の地を求め逃れてきたユダヤ人難民たち。その時代に、リトアニアで領事代理として勤めていた杉原千畝は、独断で彼らに「命のビザ」を発給して脱出を助け、約6000人の命を救ったとされる。
「日本のシンドラー」とも呼ばれるその人道的功績はユダヤ人の間でも広く知られており、そのゆかりの地とされる岐阜県八百津町にある「杉原千畝記念館」を訪れるイスラエル人が増えているのだ。
イスラエル人の観光客が杉原千畝記念館を訪れた際に、近隣の高山市や白川村を回るケースが多いことに目をつけた自治体担当者らが、これら観光地と杉原にゆかりのある場所をめぐる広域の観光ルートを「杉原千畝ルート」とネーミング。ルート沿いの市町村で連携して誘客プロモーションを世界に向け展開している。
日本酒の酒造で、試飲を楽しんでいたイスラエル人夫妻は「飛行機の長旅は大変だったけれど、それだけ来る価値があった。日本とイスラエルを結ぶ絆に触れたことも貴重な経験だったし、何より初めて味わうジャパニーズ・サケはほんのり甘くておいしいよ! 買って帰りたい」とほろ酔いの上機嫌で語った。
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