「教育困難大学」の教員が悩む単位認定の現実 中退率の増加を防ぐために求められること

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3月下旬、筆者は、大学教育の質の向上を目的とするある学会の地区大会に講演者として参加した。学生の学力や学習意欲に関する研究発表、討議が熱心に続く中、筆者は1つの問題提起として、知人の大学教員から相談を受けた話を紹介した。以下がその内容である。

全回出席しているが試験では12点の学生

知人は学生募集が難しくさまざまな学力層の学生が入学する「教育困難大学」の正教員であり、主に1・2年生が履修する理系教養科目を担当している。大教室での授業ではあるが、彼は学生の反応をよく観察し、彼らが興味を持てそうな実物教材や視聴覚教材を多用するなど工夫を重ねた授業を行っている。授業内容のレベルも文系学部の学生対象であることを考慮して、高校までの基本的知識の補充・補完を意識したレベルに設定している。

半年の講義終了後に行う期末試験では学生の平均点は70点近くになった。その中に、全回出席しているが試験では12点しか取れなかった1年の女子学生がいた。気の毒とは思いながらも、得点分布図に則って決めた基準に合わせて、彼女の単位は不認定とした。

すると、その女子学生から大学学務課を通して単位を認定してほしいとの申し立てがあったのだ。本人曰く、自分は全部の講義に出てノートもしっかり取っている、試験ができなかったのはわかっているが、日頃の努力点を認めてほしいと訴えてきたのだという。

その女子学生は「教育困難校」出身者ではないかと推測されるが、「教育困難校」の成績は、定期試験の得点以外が大きく考慮される。彼女の訴えてきた「日頃の努力点」とは、このような高校でつねに意識されているものであり、彼女は高校までの授業への臨み方を継続しているのだ。

筆者であれば、その学生を呼んで高校と大学の評価の仕方の違いを説明する機会を持つ。その際に、彼女の書く文字や数字、会話の様子から発達障害や学習障害の傾向がないかを観察したい。現在、大学にはこのような特性を持つ学生が多く入学しており、そうであれば個別の対応をする必要がある。そのうえで追加の試験かレポートを課し、それができれば単位を認定するだろう。彼女に高校と大学の違いに気づくチャンスを与え、その一方で、評価の基準を事情により変えるのであれば、本人にもそれなりの努力をしてもらいたいと思うからである。

結局、知人は彼女の申し立てを退けて単位不認定のままで通した。単位認定に学修の度合いを重視したのだ。一方で、来年度、彼女が再履修するようであれば、彼が考える単位認定の基準を説明するために、早い時期に研究室に彼女を呼んで話をすると約束してくれた。また彼女が授業内容を理解しているか、継続して確認していきたいとも語ってくれた。

あくまでも再履修登録されればの話ではあるが、筆者も相談され甲斐があったといえる。この女子学生が、高校までの授業の受け方が大学では通用しないことに一刻も早く気づいてくれること、そして彼女が新しい学び方を習得するように大学が支援してくれること、何より中退しないことを切に期待したい。

朝比奈 なを 教育ジャーナリスト

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あさひな なを / Nao Asahina

筑波大学大学院教育研究科修了。教育学修士。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事。おもな著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』『教員という仕事』(ともに朝日新書)などがある。

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