(第5回)再生医療への取り組み(その3)

●緒に就いたばかりのiPS細胞研究、ビジネスでの利用はまだ先
株式会社東京大学TLO 本田圭子
 日本で再生医療といえば、今まではベンチャー企業が主にビジネスとして実用化に向けた開発を行っていて、大手製薬会社は静観していました。山中先生のiPS細胞研究が発表されてからは、大手製薬会社にも動きがみられるようになってきています。大手製薬会社の動きと言っても、iPS細胞を使って具体的なビジネスを行うということではなく、日本をリードする大学の研究・技術を支援して、日本の国力として定着させるための体制への関与という視点での動きになっています。

 iPS細胞は、現段階ではいずれの遺伝子を導入することによってiPS細胞が作れるのか、癌化の恐れのないベクターの開発、さらには、iPS細胞からES細胞と同様の細胞・組織ができたか、というところがクローズアップされ、マスコミでも報道されています。しかし、ビジネスとしてiPS細胞を使えるようにするためには、まだまだ大きなハードル、課題があります。
 例えば、規格の問題です。商品にするには、どのようなものでも少なからず品質を保障する規格があります。薬で言えば純度何%という検定があります。iPS細胞に純度何%と言えるような規格は現状ありません。このiPS細胞とそのiPS細胞とが同じなのか、違うのか、はかる物差しがないのです。
 機械のJIS規格を決めるにも何年もかかるほどですから、これが患者などの人の生体内に挿入等される臓器、組織、細胞という話になれば、実用化までの期間は想像だにし難いです。実際作ったとしても、人間より先に動物の検証が必要です。また、医薬品と同様に、リスクの検討もしないといけないので、何年と試算するのが妥当なのかということを仮に言ったとしてもあまり根拠がありません。
 実際に臓器を作ることも当然ですがたやすいことではありません。iPS細胞研究よりもずっと以前から研究・開発が行われているように、臓器を立体的にするには足場が必要です。物理的に足場になるものであって、かつ生体適合性があり、長期に渡り毒性がなく、できれば適当なタイミングでそのもの自体は溶解し、細胞の塊だけが残る、足場を作るだけでも少なくともこれだけの条件を満たすことが必要です。これは材料を研究している先生の領域ですが、再生医療でひとつ形を作るといったときには、細胞を作る先生と材料を作る先生のコラボレーションが必要になります。

 今後の見通しとしては、立体的な臓器を形成させて、その臓器を移植するという大掛かりな再生医療についてはまだ当分先のこととしても、例えば、角膜、皮膚、軟骨などは近い将来実用化が期待されています。また、インスリンを出す膵臓のベータ細胞や、ドーパミン産生細胞などの機能分子を産生する細胞の再生医療についても、現在の再生医療研究の進展によれば、さほど遠くない将来に人体に適用が期待できるかもしれません。

 また、iPS細胞は使っていませんが、再生医療だけではなく、細胞療法、細胞移植など細胞を用いる医療、美容という視点まで範囲を広げれば、ビジネスとして(という表現が適切であるかどうか判りませんが)実用化されているものもあります。
 医療分野の例では、がん治療において、患者から免疫細胞を採取し、がんと闘える強い免疫細胞に鍛えなおして体内に戻すということが行なわれています。美容分野では、耳の裏の細胞を培養し、シワに挿入するようなことも行なわれています。
 課題としては、先に述べた問題の他にも、生命倫理の問題、iPS細胞を生産する際の遺伝子導入方法としてウィルスに頼らない方法の開発、など盛りだくさんです。(談)

株式会社東京大学TLO(http://www.casti.co.jp/
ベクター:遺伝子の運び屋。
遺伝子は二重鎖のDNAであるが、それだけでは単なる断片で、増幅したり、細胞に導入したりすることはできない。細胞でDNAの複製がおこったり、RNA、たんぱく質がつくられたりするためには、遺伝子に加えて複製、合成に必要なDNAの配列が遺伝子の周囲に存在しなければならない。これらなしでは遺伝子からたんぱく質をつくることはできない。
遺伝子組み換え技術により、試験管内や細胞内で目的の遺伝子を人為的に複製したり、転写したりするために必要なDNAの配列をひとつのユニットとしてもつものをベクターという。ベクター自身もDNAでできており、目的の遺伝子とつなぎ合わせることができる。一般的に一番良く使われるプラスミドベクターは、二重鎖のDNAで輪の形をしている。ベクターの輪の中に遺伝子組み換え技術をつかって目的の遺伝子を挿入し、細胞などに導入する。

ES細胞:あらゆる細胞に分化する能力を持つ細胞株。ES細胞を作るために受精卵が少し発生した胚を用いることから、ヒトES細胞の樹立には慎重な倫理上の配慮が必要となる。

渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミー、オリエンタル技研に加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
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