安倍首相、「裁量労働制削除」は「蟻の一穴」か

11年前の悪夢再現を恐れ、守り優先に

そもそも、厚生労働省が首相に示した「裁量労働制で働く人たちの労働時間の長さは、一般労働者の平均より短い」というデータは5年前の調査などから同省担当者が作成したものだ。専門家は「よく考えれば、そんな話はありえないということがすぐわかる」と苦笑するデータだが、首相が答弁で「そういうデータもある」と引用したことで一気に国会攻防の火種となった。

永田町や霞が関では、政府が提示する様々なデータについて「数字はうそをつかないが、うそつきは数字を使う」と解説する向きが少なくない。ただ、「今回は厚労省がうその数字を捻り出した格好だが、その背景には1強首相の意向への過度の忖度があったとみられても仕方がない」(公明党幹部)との見方も広がる。

「データのねつ造ではないか」との野党側の追及に対する厚労省の釈明が、当初の「廃棄された」から「地下倉庫にデータがあった」などと迷走したことは、20年以上前の薬害エイズ事件の際の厚生省(現厚労省)の"データ隠し"と「似たような展開」(自民幹部)となり、2007年の第1次安倍政権時のいわゆる「消えた年金」問題も想起させた。社会保険庁がコンピュータ入力した年金記録の誤りの多さが発覚して国民の激しい批判にさらされ、同年7月の参院選での自民惨敗と、その延長線上での9月の安倍首相退陣につながったのは誰もが記憶しているからだ。

いずれも厚労省(厚生省)が絡んでいるのが偶然とは見えず、首相にとって「悪夢の歴史」(官邸筋)でもあった。第2次安倍政権でも森友・加計学園問題や防衛庁のPKO日報問題で政府側の情報隠しの疑惑が相次いで浮上しただけに、永田町では、今回の「本来ならありえないずさんなデータ提出」(元厚労省幹部)についても「何らかの政治的謀略では」(自民長老)と勘繰る向きもある。

「残業規制」や「高プロ」の問題化も

首相は、裁量労働制拡大抜きの働き方改革関連法案の今国会成立を明言したが、断念した裁量労働制の対象拡大は経団連など財界が強く要望し、残業時間の上限規制と一括での法案化で調整してきただけに、経済界は失望を隠せない。しかも、中小企業への残業上限規制には自民党内関係議員から「裁量労働制抜きの残業規制だけなら認められない」との不満が相次ぎ、党内調整が難航する可能性もある。

さらに、改革法案で「同一労働同一賃金」と並ぶ柱でもある高度プロフェッショナル制度(高プロ)も問題化しかねない。「高プロ」は、専門職で年収の高い労働者を労働時間規制から外す制度で、野党側は「これも差し戻すべきだ」(立憲民主党)と新たな標的に据えているからだ。1日にスタートした参院予算委でもトップバッターの大塚耕平民進党代表が「長時間労働を助長する」と高プロも働き方法案から切り離すよう要求。首相が「生産性の向上にもつながるし、年収1075万円以上が対象で、希望する方が制度を活用できる」などと理解を求めるなど、政府側が防戦に追われる事態となった。 

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