米倉誠一郎「幕末人はこんなに創造的だった」 砲術家・高島秋帆のクリエイティビティ

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清朝政府と同じく鎖国政策を堅持していた江戸幕府にとって、このアヘン戦争は大きな衝撃でした。財政逼迫という幕府の内憂に加えて、アヘン戦争は大きな外患になりました。幕府はアヘン戦争に関する情報をより早く正確に理解する努力をしていました。

その努力は、長崎に来るオランダと清国商人がもたらす風説書に見られます。風説書の初期の目的は、ポルトガル、スペイン関係の情報収集でした。しかし、幕府は次第に広範囲にわたる情報を要求するようになりました。風説書はヨーロッパ、インド、清国の3部構成になりました。

アヘン戦争以降、幕府はオランダに通常の風説書(『オランダ風説書』)に加えて、『別段風説書』と呼ばれるより詳細な世界報告を要求しています。また、幕府は清国との貿易の過程で入ってくる『唐国風説書』にも大きな関心を示しました。幕府はアヘン戦争に関する情報を単一の情報源に頼らずに、3つの、しかも中国とオランダという複数の情報源から仕入れていました。

1840年6月の風説書には、清国との開戦のため、アフリカ喜望峰とインド領内の英国軍の派兵を知らせていました。これは長崎奉行に提出されています。そしてオランダ商館長が、アヘン戦争に関する詳細を100ページ余りにわたって追加提出していました。

この追加提出は、幕府中枢が注目するところになりました。老中・土井利位(としつら)は当時の海外地理書を取り寄せ、江戸に戻った長崎奉行の田口加賀守に、風説書以外の詳しいアヘン戦争に関する情報収集を依頼しました。さらに、直接の当事者である中国人からの情報も入手すべく積極的に動いていました。

こうしてできる限りの情報収集を行い、検証の上で、老中は将軍にアヘン戦争を記した風説書を提出しました。あまり注目されていませんが、幕府の情報収集と検証力も、相当なものであったのです。

起業家・高島秋帆と幽閉

公式ルートで流れる情報以上に重要なのが、民間人の情報収集力です。幕末の志士には、象山や松陰、次の世代の坂本龍馬や高杉晋作をはじめ、情報感受性の高い人物が数多くいました。

波乱に富んだ生涯を送った高島秋帆の創造的対応は、その後の日本の路線を決定づけたかもしれない(出所:匿名 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由)

しかし、ここで注目したいのは、長崎町年寄にして西洋砲術家の高島秋帆という人物です。秋帆は1798年に長崎町年寄・高島四郎兵衛茂紀の三男として生まれました。父は唐蘭貿易を取り仕切る長崎会所調役も兼務していました。1804年にロシア船が出没し、長崎警備の必要性が増すことになると、四郎兵衛は砲台受け持ちになり、出島の出入りが自由になる特権を手に入れました。そんな中で、1808年にフェートン号事件が起こりました。長崎奉行は、英国軍艦の海軍の言いなりになり、その要求に応えました。

秋帆は、外国船の脅威やその対応に右往左往する父親の姿を見ながら成長しました。そして、父の指導で語学や砲術を学び、砲術師範役を受け継ぎました。1814年に、秋帆は父から町年寄の職を受け継ぎ、砲台受け持ちとして砲術研究に励みました。

秋帆は、諸外国に対抗するには、本格的な西洋流砲術の習得が不可欠と考え、長崎駐在のシーボルトやオランダ人たちから多くの情報を入手しました。また、実際にモルチール砲を輸入し、それを分解模造するという今でいう、リバースエンジニアリング的なことを行っていました。

1834年には、高島流砲術と呼ばれる独自の砲術を完成させ、その名は、海防を必要とする諸藩の間で広く知られるようになりました。特に、薩摩藩、長州藩をはじめとする西南雄藩は、西洋流砲術の技術習得のために、続々と秋帆の下に人材を送るようになりました。彼の砲術とそのベースとなった西洋知識がなければ、西南雄藩が倒幕を果たすことはできなかったでしょう。

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