稲盛和夫にハマる中国人が抱える「深い悩み」 拝金主義に不安を感じる人が「指針」を求め…

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だが、郭氏の話を聞いていると、中国人の美質は、中国から完全に根絶やしになってしまったわけではなかったのだ、ということに気づかされる。経済成長が緩やかになった今、張氏や郭氏のように立ち止まり、「利他」を考える経営者が増えているのだ。

郭氏は故郷の母の教えに加え、稲盛氏の教えを心の支えとすることで、ますますエネルギッシュに仕事に邁進できるようになったという。

拝金主義だけでは中国は滅びる

しかし、若い社員に対しては難しい課題もある。

「今の若者たちは幼い頃から恵まれた生活をしています。かつて、農村出身の出稼ぎ労働者は給料の大半を両親に送金したものですが、今ではそういう子は少なくなりました。就職前からスマホを持っていて、休憩時間もずっとスマホをいじっている。中国は物質的に豊かになったのに、今の若者ははたして幸せといえるのだろうか。どうしたら彼らを育てていけるのか、と考えます」

農村から広東省の工場に出稼ぎにやってくる若者の数は年々減っている。農村もある程度豊かになり、わざわざ都会に出て働かなくてもよくなってきているからだ。そのため、日系に限らず、どの工場でも人手不足は深刻だ。

郭氏は言う。

「昔のように、“上から目線”で若い社員に接してもついてきませんし、すぐに会社を辞めてしまいます。彼らの考えや境遇を理解し、彼らに寄り添い、ともに成長していこう、という気持ちで付き合うことが大事。どうしたら彼らがモチベーションを持つか、を考えなければいけません。すでに経済的に恵まれている彼らにとって、モチベーションとなるのは“成長”です。自分はこの会社で成長できる、と思えばやる気が出てきますし、会社への忠誠心も芽生えます。内面に訴えかける時代なのです」

「稲盛氏の著書に書かれているように、夢を持って、何事にも一生懸命取り組んでいく、そうした“背中”を見せなければ、後進は育たないと思います。稲盛氏のお話や著作からもっと謙虚に学ばせていただきたい。そう思っています」

拝金主義だけでは中国は滅びる。会社も自分も成長しない。そんな危機感を持った経営者たちが今、日本人の稲盛氏の人生哲学を熱心に学んでいる。

『なぜ中国人は財布を持たないのか』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

私は新著『なぜ中国人は財布を持たないのか』の取材のため、今年の春から夏にかけて中国各地を歩いたが、スマホによるキャッシュレス社会の実現など、一気に日本を抜き去った華やかな面がある反面、まだ多くの点で、中国(人)は日本(人)がかつて歩んできたのと同じ道を歩み、迷い、悩みながら前に進んでいる。

盛和塾で学ぶ経営者たちによると、ここ広東省だけでなく、新しい経営に取り組むため、中国の伝統的な国学を学んだり、海外まで企業研修に出掛け、寝る間も惜しんで努力している中国人が増えているという。

中国のあらゆるところで“地殻変動”が起きているのではないか。ボロボロになるまで読み込まれた稲盛氏の本を眺めながら、私は強くそう感じた。

中島 恵 ジャーナリスト

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なかじま けい / Kei Nakajima

山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、フリ―に。著書に『なぜ中国人は財布を持たないのか』『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解 日本人の誤解』(すべて日本経済新聞出版社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』『中国人エリートは日本をめざす』(ともに中央公論新社)、『「爆買い後」、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社)などがある。

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