原発事故から2年半。「避難」に奪われた命 東京オリンピックと終わらぬ悲劇
受け入れの輪をどう拡大させるか
高齢化率が高く、待機者がどこの施設も100人以上いる福島県の会津地方で、次第に受け入れの輪が広がっていったことに、筆者は驚きを禁じ得ない。遠藤事務長の葛藤の通り、客観的に見れば、会津地方の老人福祉施設には他の施設を助ける余裕はなかったように思える。
受け入れの輪が広がったのは、実際に被災した老人ホームが避難する場所に、それぞれの施設が救援物資の輸送などで足を運んだことがきっかけだった。中には、3人しか受け入れられないといっていた施設が実際に救援物資を運びに出向き、深刻な避難生活の状況を目の当たりにしたことで受け入れ人数を急遽増やしたケースもあった。
サンライトおおくま以外にも、双葉郡から避難した施設を受け入れ、会津みどりホームでは4月17日までに計12人、そのほか26施設を含めると、避難した14施設利用者1025人のうち、162人の利用者を会津地方で受け入れることになった。
「困ってたらほっとけねぇべ?」
そんな素朴な想いから多くの利用者を受け入れた会津地方の姿に、筆者は日本の素晴らしさを感じる。同時に、それがなければ受け入れ先を見つけられなかったと思うと、避難政策のあり方や行政の姿勢に疑問を覚えざるを得ない。
2020年まであと7年――。福島原発を取り巻く問題のタイムリミットが設けられたといってよい。世界からの信用を回復できるか。福島原発を取り巻く問題に真っ正面から取り組み、世界の叡智を取り入れ、教訓に学び、生かしていかなくてはならない。そうした姿勢が私たち1人ひとりにも必要だと感じる。
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