日本で暮らすシリア人が訴える祖国の窮状 「まずは本当のことを知り、伝えてほしい」
堀:シリアの地域でいうとどのあたり?
アドリー:ダマスカス、首都。
堀:戻って、ご自身の国が混乱をしているというのは、悲しかった? つらかった?
アドリー:まずは、そこまでは苦しい時期ではなかったですが、初めでしたので。でもどんどん激しくなってきて、どんどんそれを目の前で、周りの人も……。もちろん誰にも影響はありましたので、だからそれを見て、自分たちが何かしないと誰もしないので、自分たちで何かをしようと赤新月社に入りました。
堀:ご自身の周りや、ご自身を含めて、どのような状況になったのですか?
アドリー:私は恵まれているほうというか、家族も失ってないし、家もありますので、周りの人よりはまだマシと言われますけど。でも周囲には、家をなくした親戚もいますし、家族の1人をなくした友達もいますので、影響はないとは言えないです。
シリアが再び平和な地域になるには?
堀:絶え間ない世界中からの支援が必要だなと思いますけど、どんなふうにすればシリアが再び平和な地域になれるのか?
アドリー:いろいろありますので。みんなが個人個人のできることをやってくれれば。たとえば、寄付金のできる人は寄付金をしてくれれば。また、何かを得意な人はシリア人にそれを教えてくれれば。あるいはメディアの人はそれを伝えてくれれば。それぞれの立場でできることがあります。
堀:なぜいろいろな国の中から日本に関心を持ち、そして日本に来ることを選んだんですか?
アドリー:母がJICA(国際協力機構)で働いていて、そこに日本人の方もいらっしゃって、そこで子どもの頃からいろいろと日本のことを知ったり、とても日本という国に興味を持ち始めて。それで自分も日本でいろいろ勉強したり、活躍したりできたらと。シリアに帰ったら。それは戦争の前の話でしたけど、その時からでもシリアを改善しようと思っていました。でも今はさらに問題が起きましたので、シリアに戻ったら自分は教育に興味を持っていますので、教育機関で活動しようと思っています。
堀:このAARで活動を学んだりして、またシリアに戻られて貢献活動したい?
アドリー:そうです。