年収100万円「52歳ゲイ男性」の深すぎる苦悩

世間はかつてない「LGBTブーム」だが…

また、裁判のさなか、母親にゲイであることを知られた。母親からは「せっかく五体満足に産んであげたのに」「こんなふうに育てたつもりじゃなかった」と泣かれたという。

1997年、訴訟は原告側が勝訴。しかし、ハルオミさんに残されたのは、不安定な仕事と、慢性的なうつ状態と、疎遠になった家族――。団体には所属し続けたが、以前のような濃密なかかわりを持つことはなくなったという。

そうした中、なんとか中国地方の大学で、正規採用の働き口を見つけた。そして、ほどなくして東京のLGBTの交流会で出会った東北出身の男性と恋愛関係になる。「ピアノを弾いている姿を見て一目でかわいい!と思ったんです」というハルオミさん。相手の実家に遊びに行ったとき、両親が「息子が2人できた」と喜びながら、次々とごちそうを振る舞ってくれ、それとなくゲイカップルを認めてくれたこともうれしかったという。

ハルオミさんは恋人と東京で一緒に暮らすことを決意。大学の仕事は5年で辞めた。しかし、この頃すでに景気は悪化。東京では非常勤や派遣講師の仕事しか見つからず、500万円ほどあった年収は減り続ける一方だった。

結局、恋人とは40歳になる直前に破局。ハルオミさんは「彼は私の収入が下がったことに文句を言ったことはありません。彼も喫茶店やパン屋でアルバイトをしていましたし。ただ、私自身に“自分が稼がなきゃ”という古臭い固定観念があって。焦りやイライラが彼に伝わってしまったんだと思います」と言って、かつてのパートナーをかばう。

幸いだったのは、家族と十数年ぶりに連絡を取ったこと。自営で成功した両親はハルオミさんの窮状を見かね、アパートを買ってくれたという。母親との関係も往時ほど苛烈ではなくなった。ただ、いまだに息子がゲイだと知らない父親だけが「まだ、結婚しないのか」と聞いてくるという。

「家賃がかからないので、年収100万円でも、病気さえしなければ、飢え死にしない程度には生きていけます。でも、8月いっぱいで今の仕事の契約が切れます。その後は無職。(扶養しなければならない)子どもがいないことが、孤立したゲイの数少ないメリットなのかもしれません」

最大の後悔は、パートナーと別れたこと

ハルオミさんは今も、人生で最大の後悔は、このパートナーと別れたことだという。しかし、私には、彼のつまずきは、彼自身も認めるその「恋愛体質」と関係があるようにもみえた。若い頃に全身全霊を注いだ同性愛者団体から認めてもらえなかったのも、安定した仕事を失ったのも、原因は恋愛だったのではないか。

私は、ゲイやレズビアンに性に奔放な人たちが多いとは思わない。ただ、ストレートに比べて性的マイノリティのカップルは出会う確率自体が低いから、恋愛に積極的にならざるをえない面はあるだろう。また、いじめや差別、家族との不仲などから、精神的に不安定になり、恋愛に依存せざるをえない人も少なくないのかもしれない。

恋愛をやめられないことと、自身がLGBTであることは関係があると思うかと尋ねると、ハルオミさんは「わからない」と言う。恋愛はやめられないのかと重ねて問うと、「『パリ、夜は眠らない。』という映画を知っていますか」と言ってきた。

1980年代のニューヨーク・ハーレムを舞台に、黒人ゲイたちの姿を中心に描いたドキュメンタリー映画である。LGBTに対する風当たりは、今とは比べものにならないほど過酷だった時代。ダンスパフォーマンスの様子や、ゲイたちのインタビューで構成されている。中には命を落とす人も出てくるが、バッドエンドではない。

「黒人で、ゲイ。当時はバレたら、殺されかねない時代でした。そんな中でも、彼らが自分らしくあるために、ありとあらゆる手段で恋愛を楽しむ姿がとっても好きなんです」

私の問いに対する答えにはなっていない。ただ、LGBTであることをカミングアウトして東京の街中を練り歩くなど考えられなかった時代に、ハルオミさんが孤立感にさいなまれながら、日本のセクシュアルマイノリティの権利を社会に認めさせた先駆者のひとりであったことは確かだ。

映画の中で、ひたむきに、エネルギッシュに生きる主人公たちに、自分を重ねているのかもしれない。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
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