買っていただける商品がいい商品
私がキリンビールのトップの地位にあった1990年代は、ドライを擁するアサヒビールの猛追によって、キリンのシェアは下がるばかりでした。
販売数量の頭打ちにどう対応するか。その答えの一つが発泡酒への参入でした。当時はサントリー、サッポロが発泡酒の売り上げを伸ばしており、キリンも発売に踏み切りました。それまでは発泡酒市場には参入しないという社内の空気でしたが、そうも言っていられません。消費者の嗜好と市場構造が変化する中で、企業はそれに柔軟に対応する必要があります。
98年に出した発泡酒「淡麗」は発売当初から人気を呼び、キリンにとって久々のヒット商品となりました。「値段のわりにうまい」とお客さんが率直に評価してくれたのでしょう。
ただし、発泡酒の開発では回り道もありました。それは参入を決めてから商品開発までに予想外の時間がかかったことです。研究や商品開発の部門が、発泡酒の3番手であることを意識しすぎて、付加価値にこだわっていたのです。
今では笑い話ですが、大学との共同研究で二日酔いになりにくい商品を作る構想までありました。お酒はおいしくて気持ちよく酔えることが大事であって、二日酔いうんぬんは別の話です。「そんなに難しく考えなくていい」とやめさせました。
消費者の嗜好をすくいとるということでは、キリンには苦い経験があります。87年にアサヒがドライを出したのに対し、キリンは90年に「一番搾り」を発売し、一時はドライの勢いを抑えていました。ところがキリン社内には「ラガー」へのこだわりが強く、販売の重点もそこに置いていました。
社長になって全国の営業現場を回ったときに、長崎支店の若手社員から「ラガーと一番搾り、どちらを売るべきでしょう」と質問され、面食らったことがあります。その社員が言うには、ある料飲店から一番搾りの注文を取ってきたら、上司の課長が「ラガーはどうなっているんだ? 」と叱責されたというのです。
そのちょっと前までにはラガーへの偏重はやめていたつもりでしたが、現場ではそうではなかった。私は、「お客さんが気に入ったものを買っていただく。それが商売だ」と諭しました。自社の商品にこだわるのはいいのですが、お客さんあってのことです。そこをはき違えてはいけません。買っていただける商品こそがいい商品なのです。
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