女子アナ→芸者→市議、42歳妻の曲折人生

自由すぎる夫に付いていったらこうなった

しかし、アナウンサーとして充実した生活を送っていた入社2年目。健三さんがとんでもない事を言い出した。なんと「会社を辞める」というのだ。

「何を考えているんだって感じで。本当に驚きを通り越して当時は怒りでケンカしました」(ひろ子さん)

まったく理解のできないひろ子さん。辞める理由をたずねると、さらに驚きの発言が。

「俺、プロレスラーになる!」(健三さん)

「プロレスラー!?」(ひろ子さん)

聞けば、恵まれた体格を見込んだプロレス団体からスカウトされ、すっかり、その気になったのだという。もちろんひろ子さんは、猛反対! 「経験ないよね? ラグビーとは違うよね?」と懸命の説得を重ねるが、思い立つと、後先を考えないのが健三さん。その半年後には、プロレスラーとしてマットに立っていた。

ラグビー日本代表のスター選手だったからといって、プロレスで成功するはずはない――。ひろ子さんはそう思っていたのだが……ラグビー日本代表の身体能力は、タダモノではなかった。瞬く間に、人気レスラーの仲間入りを果たしたのだ。

そして、入団から4年後の2003年、ひろ子さんは健三さんから改めてプロポーズを受けた。もちろん、ひろ子さんが思い描いていた未来とは少し違っていたが、

「彼なりに頑張って、人気レスラーになってココからはプロレスラーの彼を支えていってあげよう! 私もそう決めて結婚しました」(ひろ子さん)

こうして26歳で結婚したひろ子さん。アナウンサーを辞め、専業主婦としてプロレスラーの夫を支えることになった。

今度は「アメリカで勝負したい!」と言い出した

ところが、結婚からわずか1年。自由すぎる夫が、またまた、とんでもないことを言い出した! 今度は「プロレスの本場、アメリカで勝負したい」と。あまりにも唐突な夫の申し出に妻は、

「彼にとっては柳に風ですから! そよ風のようにしか聞こえていなかった。その時は激怒で、どうなるかわからない所に行くって言われてですね!私行けないよって言いました」(ひろ子さん)

しかし、その3カ月後。結局、夫とともにアメリカへ飛び立つ羽目になった。

次ページアメリカ行きを受け入れたが…
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カーリング人気萌芽の時代から、平昌五輪での銅メダル獲得まで戦い抜いてきた著者。リーダーとして代表チームを率いつつ、人生の一部としてカーリングを楽しめるにまで至った軌跡や、ママさんカーラーとして子育てで得た学びなどを語る。