「連れ去られた子ども」を苦しめる制度の正体 なぜ子が「別居した親」の元に戻るのか

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「二男が戻ってきた後、妻は引き渡し請求審判を起こしました。原審ではそれが認められたものの、高裁では逆転、結果的に親権が私へと変更になってからは、妻から“会いたい”という意志が一度も示されなくなりました。それで二男は大いに憤慨していました。お母さんは連れ戻しに失敗したらもう会いたいとは思わないのかと。私は親権者の変更と同時に、妻に二男に面会するよう調停を起こしたんですが、不調に終わりました。次男は妻に謝ってもらいたがっていましたが、妻は“息子2人を関東へ連れ去って離婚したことを私は後悔していない”と言い続けていて、二男はそうした妻の態度にガッカリしていました」

二男は、前述の手記に次のようにも記している。

「“裁判所はなんで実の親子が会うことに制限を認めるのか”。それを思った当時の私はとてもつらかった。そんな裁判所に対して今の私は怒り心頭です。[中略]当時、裁判所が私と父との自由な面会交流を認めたならば、私はもっと安心で満たされた人生が送れていたことは明らかです」

共同親権が認められれば…

面会交流中の父親が子どもと“無理心中”するという事件が起こるたびに、「面会交流は危険」といった単純化された主張がネットを中心になされがちだ。

今後、こうした面会交流危険説が一般的となり、面会交流が制限されていけば、それはそれで大きな問題をはらむ。

子どもの意志で別居親の元に逃げ込むことはおろか、別居親に相談にのってもらうことも難しくなる。さらには、同居親からの虐待が気づかれにくくなったり、別居親からの経済的な援助を受けにくくなったり――といった事態が考えられる。

別居親にしろ、同居親にしろ、どちらもほとんどは危険とは無縁の、実の子を愛する、ごく普通の、人の親である。今後、同居親だから安全、別居親は危険とレッテル貼りをしてむやみに引き離すのではなく、子どもたちの幸せのために、本当に危険かどうかを精査したうえで原則は会わせるという方向性をできるかぎり推進していくべきだし、またその先には「別れても双方の親が育てる」という共同養育の考えが一般化されるべきではないだろうか。

しかし、それは簡単に実現できることではない。ひとつに裁判所の人手の問題がある。「親権は母親」「面会は毎月1回2時間」などという、判で押したような決定や判決が出てしまいがちなのは、それが大きな原因となっている。

もうひとつは、日本の単独親権制度の問題がある。民法第819条には、離婚後の親権者を父母どちらか一方に定める、という内容の条文が記されている。この国では離婚した場合、片方の親は親権を失ってしまうのだ。

「そもそもですよ。欧米のように共同親権なら“連れ去る”とか、親権争いといった不毛な争いはしなくていいんですけどね」(貢さん)

欧米を中心とする諸外国は離婚してもなお、両親が親権を持ち続ける。だから「離婚をしても親は親、子は子」だということが、法的に保証されている。

共同養育の考えが普及するとともに、民法第819条が改正され諸外国同様に共同親権へと変われば、片方の親が子どもを”連れ去った”り、双方の親が法廷で親権を争ったり、さらには子どもが危険を冒して別居親の親へと逃げ出すといったことがなくなっていくはずだ。

服部さんや岸さん親子の再会は美談ではない。こうしたことが起きない世の中にしていく必要がある。

西牟田 靖 ノンフィクション作家・フリーライター

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にしむた やすし / Yasushi Nishimuta

1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒。旅行やサブカルをテーマにしたライターとして活動した後、アフガニスタンや旧ユーゴスラビアといった紛争地帯を取材したり、日本と旧日本領、日本の国境地帯を巡ったりというスケールの大きな行動力を武器に執筆活動を続けている。近年は家族をテーマにしたライターとしても活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(新潮ドキュメント賞候補作)『誰も国境を知らない』『〈日本國〉から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)を2017年出版。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

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