それでも繰り返される「組体操事故」の実態 やむなく裁判に至った親子が訴えたいこと

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内田さんによると、明治時代からあった運動会は当時は体育という教科の授業でやったことを発表する場だった。今のようにマスゲームがあったりしてお祭りのような雰囲気ではなく、粛々と授業の成果を発表する場だった。

ところが、だんだんとお祭り化してゆき、戦前からすでに「運動会の本質を問い直すべき」といった意見や批判が出るようになった。ここへきて、再び本格的に再考する時期に来ているといえる。

母親の啓子さんは「息子も体を動かすのが大好きだったし、運動会も毎年楽しみにしていた。それに、組体操自体が憎いとか、やらないでほしいなんていう気持ちはいっさいない。ただ、私たちは真実が知りたいだけなんです」と話す。

1回目の公判には、次男の同級生の親ら10人近くが裁判所を訪れ傍聴した。学校事故の被害児童や家族らが教師や自治体を訴えた裁判で、こんなことは珍しいと聞く。

子どもが同じ小学校で同級生だった主婦は憤りを隠さない。

「私たちにとって他人事ではない。自分の子どもが被害者だったかもしれない。当時も学校側から事故の詳しい説明はなかったし、通わせながらも卒業するまでとても不安だった。世田谷区はきちんと対応してほしい」

別の学校事故の被害家族で当日傍聴した女性は「こんなに応援団がいるなんて、事故前後の状況や学校の対応がよほどひどかったんじゃないでしょうか」と話した。

定松さんのように応援してくれるママ友がいるケースは珍しい。筆者はこれまでも学校事故を取材してきたが、裁判になると「学校を訴えるなんて」と、周囲からバッシングを受けることのほうが多い。

定松さん夫妻は「本来なら、裁判になんてしたくなかった」と漏らす。次男は後遺症に悩むうえ、思春期で敏感な年齢だ。「息子が精神的にどこまで耐えられるのか心配している」と吐露する。

しかしながら、事故後の学校側の両親への説明はころころ変わるうえ「事故報告書も虚偽ばかり」(父の佳輝さん)だった。教育委員会に調停を申し立てたもののわずか10分で終了。「不満なら提訴してくれても構わない」と言われたため、やむなく裁判に至ったのだった。

14歳の叫び

自宅を訪ね次男に話を聞くと、か細い声ながらはっきりと言った。

「僕は(担任に)事故のことを隠さないで認めてほしかっただけなんです。」

次男は中学2年生の現代国語の授業で作文を書いた。タイトルは『責任』。

「責任を人に押し付ける人や責任から逃げようとする人が多いと思う。責任から逃げたい理由はわからなくはないけれど、責任をとるべき人が逃げてはいけないと思う。なぜなら、その責任をとるだけで無駄なやりとりが減り、人を傷つけずに済むからだ」

14歳の叫びは、責任をとるべき大人たちに届くだろうか。

島沢 優子 フリーライター

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しまざわ ゆうこ / Yuko Simazawa

日本文藝家協会会員。筑波大学卒業後、広告代理店勤務、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。主に週刊誌『AERA』やネットニュースで、スポーツや教育関係等をフィールドに執筆。

著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。

 

 

 

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