フランスでは世帯単位での課税だから、従業員の所得税を源泉徴収するとなると、従業員はどんな家族構成で、配偶者がいくら稼いでいるか、相続や離婚でどう対応したかまで、知らせてもらわなければならないことから、経済界は源泉徴収に反対している。これまでフランスの企業は、納税のために従業員の個人情報を知る必要はなかったから、企業にとっては知りたくもない情報を強制的に収集せよというのは勘弁してほしい、というのが本音のようだ。
源泉徴収制度がなかったフランスでは、従来はむしろ所得税の納税者の利便性を高めるべく、納税の電子化を積極的に進めてきた。納税者が自らの所得を、税務署に申告して納税しなければならないから、面倒といえば面倒なのである。わが国のように、所得税の納税者の大半は税務署の窓口にさえ行くことなく、自ら税を納め終えているのとは、わけが違う。
それゆえにフランス政府は、所得税の納税者の手続き負担を軽減すべく、2006年から「記入済み申告書」を発行することにした。記入済み申告書とは、税務署に届け出があった所得を税務当局が名寄せし集計して、それぞれの納税者に所得などの情報の確認を求めるものだ。納税者に送られた記入済み申告書に、もし誤りがあれば修正を申告し、修正がなければその旨を了承して、所得税の納税額が確定する仕組みである。納税者は、いちいち自らの所得を計算する手間が省ける。今ではこの記入済み申告書は電子化され、フランス政府が用意したポータルサイトで、パソコンだけでなくスマートフォンなどでも手続きが可能となっている。
従業員の個人情報収集に企業は抵抗
フランス流は便利なのは便利だが、政府による情報収集も徹底している。給料を支払った企業や個人事業者、さらに利子を受け取ったり株式の売買をした口座のある金融機関は、誰がいついくら所得を得たかを、税務当局に逐一報告する義務がある。所得税の源泉徴収はしないものの、所得に関する情報は、オンラインで当局に報告しなければならない。どんなに零細な企業や個人事業主でも、インターネットなどを通じて支払った給料などを報告しなければならない。これがあって始めて、記入済み申告書が成り立つのだ。
電子化される前から報告義務があったから、企業側が税務当局に報告する事務手続き自体には、さほど抵抗感はないようである。むしろ前述のように、世帯単位での課税であるため、源泉徴収化されると、企業にとって知りたくもない従業員の個人情報を収集しなければならないことに、抵抗感があるようだ。
さらには税金だけでなく、医療や年金など社会保障のための負担も同様の仕組みで、情報収集と納付手続きが電子的に行われている。企業側は、従業員が退社したら、その連絡をオンラインで政府の担当部局に知らせ、それを社会保障負担や所得税に反映させる。と同時に、もしその退社した従業員が失業状態になれば、政府側からはほぼ自動的にその情報がわかるから、当人に失業給付を支給する旨の通知を送るサービスも行っている。日本では失業給付を受け取りたいなら、ハローワークに出向いて手続きしなければならないが、フランスでは政府が持っている情報を、部局間で制限を付けつつ部局間で共有することで、本人が申告しなくても手続きができるようにしている。
納税者にとって、納税の申告時や失業給付の受給時、計算や手続きの手間が省ける意味で利点があるが、それは税務当局や関係部局が所得や家族構成などのデータを網羅的に把握し、必要なときに共有できているからだ。
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