ルポ・エジプト、自由とパンと治安のゆくえ "春"から遠く離れて

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「ここの治安は俺たちが守っている。警察は手出しできない。ダーイッシュ(いわゆる「イスラム国」に対するアラビア語圏での呼び名)だってここには入れない。俺たちが排除するからな」

彼らは「ハンガラニーヤ」と呼ばれる人たちで、一般には強盗を生業にする無法者集団とされている。

しかしながら、実際に彼とその仲間たちと歩くと、こと治安に関して街の人々の声は好意的である。ハンガラニーヤがいるから自分たちの住む場所は犯罪がないし、ほかより安全なのだと多くが主張する。ハンガラニーヤの顔役は言う。

「最近は政府の取り締まりが厳しくなって、よく仲間が捕まるけれど、シシはいい奴さ。いまの大統領は俺たちと同じなのだよ。嫌われ者だって、治安を守っているから支持されるんだ」

シシ政権に国民が求めるもの

日常的に爆弾テロや誘拐事件があった数年前と比べ、エジプトの治安の回復は進んでいる。

大統領も国民も、治安回復が経済再建の最短手法だとわかっている。だから、軍と警察を背景にした強権的な手法でも、人権抑圧や政治弾圧で欧米から悪名が高くても、現大統領は国内では一定の支持を得る。昨年前半までシシ政権の支持率は90%を超えていた。

そんな国民感情はハンガラニーヤへの信頼と似ているのかもしれない。シシを支持する人々がいま彼に求めるのは、“無法者”であろうがイスラム国(=テロ)さえ抑え込んでしまうような力、そして、それでもたらされる平穏。ここには「ゴミの街」とは打って変わって、ムバラク独裁時代にあったような古い秩序が人々を治め、強権的な為政者を受け入れる風景が残る。

観光地ルクソールで何度も聞かされたことがある。

「テロが起きたすぐ後がいちばん安全なんです」

人が集まる有名観光地でも、武装した警察や軍、私兵の姿は日常的

確かに自爆テロ直後のカルナック神殿周辺は、政府の号令下、多くの警察官による不快なほどの厳戒態勢にあって、安全についてなにも問題はなかった。

軍事独裁だとオバマ時代のアメリカに非難され続けたシシ大統領は、今月アメリカのトランプ新大統領に会い、「すばらしい仕事をした」と称賛された。

革命から6年、クーデターから4年、シシ政権誕生から3年。観光客を取り戻すため、少なくともエジプトの治安はよくなっている。

(写真:すべて著者撮影)

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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