ルポ・エジプト、自由とパンと治安のゆくえ "春"から遠く離れて

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原油価格下落で湾岸諸国からの援助も難しくなった政府は、ついに2016年、国際通貨基金(IMF)に財政支援をあおいで3年間で120億ドルの融資を受けることで合意した。しかし、支援履行の条件としてIMFから求められていたのが、為替制度の自由化だった。

不満はあるが平穏な市場

街角で売られている、エジプト人の主食である平丸パン「アエーシ」

食料品の中で値上がりしていなものもある。主食であるエジプトパン「アエーシ」である。市中にある各販売所では、20枚1ポンドでずっと変わらずに売られている。スーク(市場)から聞こえる解説は明快だ。

庶民が台所スーク(市場)。日々の買い物に値上げの波が押し寄せる

「ここに手をつけると大変なことがわかっているから」

エジプトは2012年のムハンマド・モルシ政権時、今回同様にIMFに融資を依頼している。ただ、そのときのアエーシをめぐる国内の風景は現在とまったく異なった。販売所には四六時中パンを求める人が列をなし、少ないパンを奪い合う姿も珍しくなかった。

当時、アエーシは大幅な値上げ、もしくは配給制になる目前だった。長年、政府は生活必需品に多額の補助金を使って貧困層の不満を和らげてきたが、財政はもはや限界。世界最大級の小麦輸入国エジプトにとって、アエーシ価格は高騰必至な状態だった。

その後、湾岸諸国による支援もあってIMF融資は見送られるのだが、アエーシ騒動を発端に大規模なデモや暴動、略奪行為など、すでにエジプト社会には政変につながる不穏な空気が広がっていた。結局、モルシ政権は2013年の軍介入クーデターで倒れることになる。

2013年のクーデター前、タハリール広場には多くの民衆がデモに集まった

思えば2011年の革命時に掲げられたスローガンも「自由とパンと社会正義」だった。経済、ことさら胃袋にまつわる不公平感は民衆の直接行動を喚起し、そのまま治安の悪化へとつながった。

外国からの投資や観光を冷え込ませた最大要因は、ほかでもない国内治安の悪化である。だが、アラブの春以後のエジプトは経済と治安が密接に連動する。治安悪化はすぐに経済不振を招き、その経済の停滞が庶民の生活を直撃すればやがて暴動へ、さらには政変に発展する可能性をこの国では否定できない。

現在、庶民の台所であるスークに大きな混乱はない。1枚のアエーシの価格を維持することで、物価高の不満はあるがそれなりに平穏が保たれているのだという。

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