ルポ・エジプト、自由とパンと治安のゆくえ "春"から遠く離れて
シシ大統領は治安回復を公約に掲げている。現政権にとって、その治安を悪化させかねない“引き金”に政治が手を掛けることは避けたいだろう。しかし、経済回復のために取らざるをえなかった政策が、いまの急激な物価上昇を引き起こしているというジレンマ。いったい政治がなにをするのか。経済と治安の先行きには、皮肉にも政治が及ぼす影響が最大の不安材料として映る。
無法者がもたらす治安
カイロ中心部の東、「エジプト最大のスラム」と呼ばれるのがマンシェイヤ・ナセル地区だ。高台の下に住民が不法に住み着き、行政が把握しきれない数万の人々が暮らす。
このマンシェイヤの奥に「カイロ中のゴミが集まる」といわれる場所がある。足を踏み入れればすぐにわかる。あらゆる種類の膨大なゴミが収集車に乗せられ出入りし、ゴミに埋まるように街がある。ただし、それぞれのゴミは金属、プラスチック、生ゴミに至るまで、この街の人々によって分別され、再利用と現金化される。ここはいわば高度なリサイクルエリアなのだ。
いま、ここでゴミ分別を生業にする人たちがシシ政権に対して公然と不満を口にする。
「政府はカネがないから、中国企業にゴミ回収の仕事を勝手に売った。それでどうなったか、カイロはゴミだらけだ。俺たちはムバラクの時代からの仕事をシシ大統領に奪われ、食うのにも困っている」
確かにカイロは「世界一ゴミだらけの首都」と呼ばれて久しいが、その裏には崩壊した古い社会秩序と、強引な政治への不満が存在する。
一方、そんなマンシェイヤ地区の裏手。路地を走る車の中で案内役の男が話す。
「数日前にここで人が殺された。強盗に入られた家が、マシンガンで3人返り討ちにしたのさ」
窓越しにゆらゆら近づく人物も見える。それが麻薬中毒者だと、車中の男は当たり前のように説明した。おそらくここはカイロで最も治安の悪い場所のひとつだろう。
車が停まった先ではひとりの人物を紹介された。あたりを仕切る顔役的な存在だという。
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