日本が貢献した「イスラム紛争終結」の舞台裏

ミンダナオ和平プロセスは成田から始まった

別々に到着したアキノ大統領とムラドMILF議長は2011年8月4日、初めて顔を合わせ、和平実現の方策を約2時間話し合った。「成田会談」と呼ばれるこの極秘会談で、2人の個人的な信頼関係が生まれ、その後の和平プロセスを動かす原動力になったことは、両者ともはっきり認めている。

「日本がフィリピン政府、MILF双方にいかに信頼されているかという証であり、非常に光栄だった」と前出の外交官は振り返る。とかく「対米追従で主体性がない」と批判される日本外交だが、筆者は極秘会談の裏話を聞いた時、他国の政府と反政府武装勢力を日本が仲介し、それが奏功した事実に少なからず感銘を受けたものだ。

言うまでもなく、アジア地域の安定への貢献は、日本の経済権益の確保、プレゼンスの拡大という国益あっての話。とはいえ、外交上の失点は国会などで追及されるのに対し、こうして水面下で成し遂げられた功績が広く語られることはない。このことは、もっと多くの日本人が知っておくべきことだろう。

40年来の紛争の代償はあまりに大きい

その後も日本は復興・開発支援を展開するとともに、停戦合意や治安情勢などをモニターする国際監視団(IMT)にも要員を継続派遣している。日本の活動は現地の人々に良く知られており、「日本人」と名乗ると、それだけで温かく迎えてもらえる雰囲気がある。

平和構築の取り組みは「紛争後の“平和の果実”を住民に実感してもらい、紛争に逆戻りさせない機運を高めることが肝心だ」(援助関係者)。とはいえ、40年来の紛争の代償は余りに大きく、バンサモロ地域の一人あたり国内総生産(GDP)は、マニラ首都圏のわずか15分の1と極端に貧しい。「平和が定着すればバンサモロにも投資が入り、地場産業の振興、地域経済の活性化が図られる」(コタバト商工会議所)との期待が高まるが、その道程はまだ始まったばかりだ。

冒頭にも記した「反イスラム感情」の高まりの影響にも注意が必要だ。アルカイダによる9.11米国同時多発テロ事件(2001年)以降、今日のIS(イスラム国)に至るまで、イスラム過激派のテロや紛争のニュースが激増し、イスラム社会全体を敵視する機運が世界中に広がっている。ドナルド・トランプ米大統領がイスラム教徒の入国禁止措置を打ち出し、欧州諸国でイスラム系難民を排斥する極右政党が台頭したのもその表れだ。

フィリピンも、その影響を受けている。

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