過熱する排出権争奪戦−−温暖化ガス削減ビジネスの実態

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排出権取引には手を出すな--。ある総合商社では、経営トップの意向で排出権取引への展開を見送った時期があったという。

CO2など温暖化効果ガスの排出権という、文字どおり「雲をつかむ」ような権利を売り買いするビジネスだ。総合商社のような百戦錬磨の企業でも、当初は参入に二の足を踏む向きがあった。

だが、欧州ではその市場がここ数年で急拡大。世界銀行によると2007年にEU域内での排出権取引の規模は06年の2倍となる500億ドル超となった。

EUでは各国政府が自国分の排出枠を発電所などの施設ごとに交付。EU・ETSという取引制度の下でロンドンのヨーロッパ気候取引所(ECX)など複数の取引所が開設されている。電力会社などが自社に割り当てられた排出枠(EUA)の過不足分をやりとりするだけではなく、金融機関やヘッジファンドが積極的にディーリングを行っている。

京都メカニズムでも英国企業は排出権の積極的なバイヤーだ。英国は1990年比で12・5%削減という京都議定書の目標を超過達成しており、自国のためには排出権を必要としない。にもかかわらず、英国企業が排出権を買い集める理由は「削減目標をクリアできない日本やイタリアなどに転売するため」(日本の金融関係者)と見られている。

排出権の売り手である新興国も買い手のイギリスも、最終的なターゲットに想定しているのは日本だ。

カモられる日本 英国、中国が虎視眈々

日本が京都議定書で約束した90年比6%減の達成は難しい状況にある。目標達成には京都メカニズムで認められたCDM(クリーン開発メカニズム)やJI(先進国間の共同事業)によって他国から排出権を購入しなくてはならない。

日本政府は5年間で1億トンの排出権を調達する計画を立てているが、07年度までに購入したのは約2300万トン。日本全体では必要とされる約8億トンの排出権の手当ても済んでいない。「ポスト京都(13年以降)の枠組みが議論されているが、それ以前に、日本が京都議定書の削減義務をどうやって達成するのかが見えない」。総合商社の排出権ビジネス担当者は危機感を隠さない。

足りない部分は排出権を買うしかないが、そもそも、排出権の供給には限りがある。供給不足から価格が暴騰した排出権を日本政府と日本企業が購入せざるをえないという、悪夢のような事態もありうるのだ。

ここで、CDMの仕組みを、簡単におさらいしておこう。京都議定書で排出削減義務を持つ先進国が削減義務を持たない発展途上国と共同で排出を削減するプロジェクトを実施し、削減分を「排出権(CER)」にカウント。その排出権を先進国が数値目標達成に利用できる制度。途上国側は排出権を販売し現金を得ることができる。先進国間で排出権を融通するJIがほとんど認められていないため、CDMは日本が排出権を確保するための命綱だ。

CDMで排出権を売るのは中国、インド、ブラジルといった新興国。CDMが「大量にCO2を排出する途上国へカネをくれてやる制度」(排出権の大口需要家企業)だという側面は否めない。

中でもしたたかなのは中国だ。中国ではプロジェクトへの51%以上の外資の出資は認めない。実際には15%程度でも認められておらず、事実上、プロジェクトへの共同出資ができない。先進国はプロジェクトを整備するコストを負担したうえで、さらに排出権購入のためカネを払うことになる。しかも、中国は排出権の価格を国が管理しており、価格を一定水準以上に維持している。

先進国が途上国に対して資金や技術を移転し温暖化ガス削減事業を行うのがCDMの原則だが、途上国が独自に手掛けるユニラテラルCDMも広がっている。インドやブラジルでは地元企業が積極的にユニラテラルCDMに取り組んでいる。

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