仏教主義の男子校がバイオリンで教える本質 東京の進学校「芝」の音楽授業

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「自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃうのはわかるんだけど、周りをよく見て。周りを見て、自分が正しくボウイングの上下をできているかどうかを確認することがすごく大事です。いろんなところに神経を張っていなければいけません。手元の広い狭いも見ていなければいけないし、見るのと同時に感じてなきゃいけないし、視界のどこかで周りを見て、ボウイングがあっているかどうかを確かめなきゃいけない。バイオリンを弾いている瞬間は、みんなのいろんな感覚がめちゃくちゃ鍛えられるよ。ぼーっとやっているだけだと鍛えられない」

この不思議な授業には芝の教育理念が込められている

エプロンの自作や指輪のデザインにも挑戦

50挺のバイオリンをそろえることは、音楽教師の思いつきでできるものではない。芝でなければ却下だったかもしれないと私は思う。進学校として知られる芝ではあるが、音楽や美術、家庭科に力を入れていることでも有名なのだ。旧来の男子校の蛮カラな「男らしさ」とは一線を画する、新しい男子教育の実践ともいえる。

たとえば家庭科では、調理実習で使用するエプロンを自作することから始める。美術では自分で指輪をデザインし、シルバーアクセサリーとして完成させる。できた指輪を母親にプレゼントする生徒もいる。

バイオリンという繊細な楽器を扱わせることも、芝流男子の育て方にフィットしたというわけだ。

「バイオリンは周りの音を聞きながら、音を探りながら、ようやく弾ける楽器です」

授業中、何度も「周りを意識しなさい」と言っていたのはこのためだ。協調性が求められる楽器なのだ。

「音を出すには、1度自分の内にあるものを取りにいかなければなりません。そしてそれを実際にアウトプットしてみます。すると周りの友達が出している音とは微妙にずれていたりすることに気づきます。そこで自分の音を微妙に調整して、ギャップを埋める必要が出てきます。そうやって一人ひとりが全体を意識して、その試行錯誤のプロセスの繰り返しによって、初めてバイオリンの合奏が可能になるのです」

芝の教育理念「共生」と同じである。自分があるからこそ全体があり、全体があるからこそ自分がある。自分と全体との間で微調整を繰り返しながら、全体最適化と自己最適化を同時に達成する。

「響き合う社会」。芝ではそういう社会を構成する未来人を育てている。

おおたとしまさ 教育ジャーナリスト

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Toshimasa Ota

「子どもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。今、子どもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。育児・教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書は『名門校とは何か?』『ルポ 塾歴社会』など80冊以上。著書一覧はこちら

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