西武信金「異例の成長」を支える逆転の発想 縮小均衡の市場で伸び続ける戦略とは?

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逆転の発想はこれにとどまりません。西武信用金庫は2016年1月のマイナス金利導入に際して、長期預金の金利を引き上げるという戦略を打ち出しました。

預金金利の引き下げで、消費者心理を冷やすことを懸念した策です。「私たちの預貸率は圧倒的に高く、24%しか運用に回していません。おそらく5億円くらいの減益要素ですが全然心配ないです。貸出金は2010年以降、どんどん増えている。預金が集まり過ぎても全然かまいません。貸出金のほうがメリットはあり、もっと増えると思っています。かえって預金が足りなくなるのではないかと心配しています」(落合理事長)。

貸出金利を下げた

もう1つ、ほかの金融機関と逆方向の決定があります。それは貸出金利を下げたことです。通常融資金利から最大50%引き下げる優遇レートを適用したのです。これは預金の集中を恐れず、集まった預金は、ポジティブに融資に回すという自信の表れと考えられます。

このように金利の条件面での競争力を発揮しながら、お客さま支援センターでそれ以外の競争力を高めています。その結果、企業価値が高まり、不良債権(貸し倒れ)が減ります。相互扶助につながって健全な融資が増え、収益が上がる……という構造です。

直接的な因果関係が認められるワケではありませんが、逆転の発想によるユニークな人事制度も活性化に一役買っています。2011年4月に西武信用金庫は、一律年齢による定年制を廃止しました。

制度運用上、原則60歳を定年にしていますが、その後について、3つのコースを、自分の意志で選択することができます。定年のない「現役コース」、嘱託で再雇用される「嘱託コース」、60歳で退職する「退職コース」です。

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組織内に年齢という意識が消え、自分で異動することができるようになった結果、若くして高い給与が得られる社員も生まれ、組織全体の業績が上がりました。同業他社から定年、あるいは定年前の優秀な人材を雇用しています。定年制の廃止によって、西武信用金庫には100人の採用枠に対して2万人もの応募があることもあるそうです。

もちろん、このビジネスモデルがいつまでも通用する保証はありません。金融業界のみならず、世の中の変化に応じた柔軟な発想を続けられるかどうかが、今後も問われていきます。ただし、おカネという個性の違いを打ち出しにくい商材を扱いながら、規模に関係なく、縮小均衡に見える市場で成長を果たせることを、西武信用金庫は実証しています。

碓氷 悟史 公認会計士、亜細亜大学名誉教授

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うすい さとし / Satoshi Usui

1944年宮城県生まれ。1972年明治大学大学院商学研究科博士課程を修了後、亜細亜大学選任講師、1980年より亜細亜大学経営学部教授。大学院・大学校で教鞭をとるかたわら会計戦略コンサルタントとして実務界で活躍。一部上場企業からベンチャー企業、メーカーから金融機関まで数多くの企業分析を手掛ける。

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