優秀なあの人が「無能なリーダー」になる理由

諸葛孔明はなぜ「人材がいない」と嘆いたか

孔明は馬謖に細かく指示を出さずに、ある程度任せるべきだった。もしどうしても心配で仕方ないなら「この丘の上に陣を作ったとしたら、どんな問題があると思う?」と質問し、馬謖自ら危険性に気づいてもらい、対策を提案させるべきだった。馬謖が自分で考え、気づいた体にしていたら、アマノジャクな気持ちが芽生えずに済んだかもしれない。

小説では、孔明は歴史上例のない天才であり、孔明ほど的確に判断できる人材は、蜀にはほかに誰もいなかった、そんな風に描かれている。孔明から見れば、どんなに優秀な部下でも、自分の判断より劣って見えて仕方なかったかもしれない。だから部下任せにできず、全部自分で判断し、「最良の決断」に仕上げずにはいられなくなったのだろう。しかしそのために、決断すべき案件はすべて自分が抱え込むことになり、部下は孔明の指示を待つだけの存在になってしまった。蜀から人材がいなくなったのではない。孔明が蜀から人材を消してしまったのだ。

吉川英治『三国志』は『三国志演義』という、やや脚色の多い物語を下敷きにしているから、すべてが史実とはいいがたい。しかし蜀から人材を消したのは孔明であると暗示するドラマ設定は、吉川英治氏の人間理解の深さを感じさせる。

自分がやったほうが早い病の危険性

『自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書』(文響社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

部下を丁寧に育てていると、結局は楽になるのだが、その過程では確かに時間がかかるので、もしかするとイライラ、じれったくなる人がいるかもしれない。部下の処理能力に不満を持つ人もいるかもしれない。「俺があいつの年齢の時には、もっとたくさんの仕事を1日でやっていた」「部下に任せるより、自分でやったほうがよっぽど早そうだ」と。

実際、自分が平社員だった頃に高い能力を発揮した人は、自分が上司になった時、部下の仕事の遅さに腹を立てることが多い。全部自分でやってしまったほうが早いと考え、部下の仕事を取り上げてしまい、自分で全部仕上げてしまうことがある。しかしそんなことをすると、部下は「ええ、どうせ私はダメな人間ですよ」といじけてしまい、部下の成長の機会を摘んでしまうことになる。

例えば子育ての場面で「自分一人でやってしまったほうが早い」と考え、子どもに何もさせなかったら何が起こるだろうか? 洗濯物を畳むのも「幼児のお前がチンタラやっているのに任せるより、自分でやったほうが早い」「キャベツを切るのに何十分もかかるのを見ているより、自分で料理をしたほうが早い」。その子どもは悲しいほどの無能力者に育ってしまうだろう。子育てでは常識なのに、仕事になると我慢できないのは「育てる」という意識を十分に持てていないからだ。

上司は、仕事ができるように部下を育てるのも仕事だ。自分が平社員だった頃と比べて仕事が遅いからといって、ダメ出しをするのは、将来、ボルトのように世界最速の人間に育つかもしれない子どもに「お前はまだハイハイしかできないのか」となじるようなものだ。短慮は戒めなければならない。

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